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元日比谷高校校長で現在は昭和秀英の校長である石坂康倫さんの本をご紹介!

元日比谷高校校長で現在は昭和秀英の校長である石坂康倫さんの本「改めて生きる意味を考える」「楽しく生きる」を紹介いたします。

改めて生きる意味を考える


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私たちは誰しもが幸せになりたいと願っています。しかし、幸せ感は様々な場面で感じることができても、幸せであるかどうかを客観的に判断することは難しいと考えています。私たちがこの世に誕生してきたのには、うまくは説明できないものの必ず意味があるはずです。そこで、改めて生きる意味を考えることによって、幸せとは何かを捉え、私たちが幸せになるためには何をしたら良いのかを読者の皆様とご一緒に考えてみたいと思います。本エッセイが皆様の幸せをもたらすヒントになっていただけたなら、著者としてこれほど嬉しいことはありません。(石坂康倫)


『はじめに』の冒頭を紹介します。

はじめに

今、私は改めて生きる意味を考えてみたくなりました。

毎日「幸せだなあ」と思える人は「素晴らしい人だなあ」と素直に思います。「毎日が楽しい」と考えながら生活できたらなら“なんと素晴らしいんだろう”素直に思います。そんな風に考えて人生を全うできるのならよいのでしょうが、そうはいかないのが人生でもあるように思います。

確かに、幸せなように見える人もいますし、逆になんと不幸せなんだろうかと思うような人もいます。その人にとっては確かに本当の感覚で、本物の感情であることは間違いないと思います。だから、人生において、自分が幸せだと思えば幸せなのであり、不幸せだと覚え場不幸せなのだと考えるのが一般的なように思います。

私は何かあるごとに「幸せです」とか「不幸せです」という言葉を使います。人から感謝されたときには、“幸せだなあ”と思いますし、自分の努力が実って念願だった音楽コンクールやスポーツ大会で優勝したりすれば“なんて私は幸せなのか”と思い、「こんな栄養に輝くなんて、本当に私は幸せものです」というような言葉を聞くことは珍しくありません。

逆に友達と一緒に人気アイドルのコンサートに行きたいと思って抽選に応募した結果、自分だけが当たらなかった時などは“最悪だ。自分だけが不幸だ。私はなんて不幸な星の元にうまれたんだろう”などと嘆き悲しむことなどもよくあると思います。私も、あまりにも嬉しい時には「私は幸せです。ありがとうございます」などと人前で挨拶することもあり、自然に幸せであるとか不幸せであるとかという表現をしています。でも、これらはすぐに自分の心からは離れて、気付かないうちに次の行動へと向かっています。冷静になって振り返ってみた時に、「何であんなに嬉しかったんだろうか」とか、「何であんなにも悲しかったんだろうか」と思ってしまうこともよくあることです。これらは、本当に幸せや不幸せというものなのだろうかと疑問におもうことがあります。それらは本人のその瞬間の感覚や感情ではあっても、本当の幸せや不幸せなのだろうかという疑問がどうしても生まれてきます。

>>つづく>>

(「改めて生きる意味を考える」より引用)

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楽しく生きる

この内容は二部構成になっています。一部は「人生の不思議(嘘をつき嘘をつかれながらも人生を楽しく生きていける?)という読者の皆さんへの投げかけです。二部は「人は良いところばかり! (短所だと思っていること、短所だと思っていることを長所に変えてみよう)」という読者の皆さんへのメッセージです。

世の中には真実と虚偽が沢山あり、人は嘘をついたり嘘をつかれたりしながらも上手く生きようとしています。このようなことは古来からあったことと思いますが、昨今の新型コロナウイルスにしても、悲惨なロシアのウクライナ侵攻にしても、その真偽をある程度は分かっていても、その真実は不透明です。

また、自分自身が欠点であると思っていることが実は欠点どころか長所であったり魅力であったりもするのです。もし、自分の欠点が自分の良さとして変えることができたなら、とても楽しいではありませか。私たちは、頭が良いようで、実はそれほど良くはありません。しかも、自分が正義だと思っていることが必ずしもすべての人にとって正義とは限りません。本当に頭が良ければ、自分も楽しく、他人も楽しくなる生き方をするはずです。

この世に誕生してきた人々の貴重な人生が楽しくなることを願いつつ、これまでの自分の人生を顧みながらこのエッセイを書いてみました。是非とも、楽しく読んでください。

(石坂康倫)

『はじめに』の冒頭を紹介します。

はじめに

世の中は嘘で満ち溢れていると思うことがあります。だからこそ、人は真実を知りたがるのです。そこに探究心が生まれてきます。探究心とは何も専門的な学問分野に限った話で貼りません。私たちの日常生活の中でも、自分自身では気が付かつかないうちに自然と探究心が働いています。

人と人との関係を築くためには、コミュニケーションが大切だと言われます。しかし、必ず意見の食い違いが出てきます。お互いを尊重することが大切なのですが、上手くやろうとするあまりに自分の気持ちや考えを抑えてまでも相手に合わせてしまうことはよくあります。それは自分の気持ちを封印し、一種の嘘のもとに相手に合わせて取り繕うことです。本来コミュニケーションとは、自分の意見をきちんと主張し、相手の意見をしっかりと聞いてその内容を咀嚼したうえで、自分の考えを相手に貸すキャッチボールなのです。

また、人はあまりにも自分のことをよくわかっていない生き物でもあります。

私は、中学校3年生のころ、学校からの帰り道で「僕は歴史が苦手なんだ。歴史の教科書を何回読んでも覚えられないんだ」と一緒に帰った友達に話しました。するとその友達は「1回読んで覚えれなかったら勉強なんかしないよ。自分は、1回読めばほとんどおぼえられるよ」と言ううのです。私は友達の言葉に唖然とし、友だちの記憶の良さを感心する気持ちよりも、記憶力が悪い自分の頭の悪さを感じてしまいました。そして、どうしようもない衝撃を受けたことを今でも鮮明に覚えています。そのときから、私は劣等感を強く持つようになってしましました。それでもどうしたらこんなバカな頭でも人に勝つことができるようなれるのだろうか、どうしたら苦手な教科も克服できるだろうかと考えました。

>>つづく>>

(「楽しく生きる」より引用)

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著者:石坂康倫(いしざかやすとも)

1951年東京都生まれ

1976年に東京学芸大学を卒業後、都立高校の教員となる。

1999年4月から2004年3月末まで都立高校の教頭(副校長)を務める。

2004年4月から2009年3月末まで都立桜修館中等教育学校初代校長兼都立大学附属高等学校の校長を務める。

2009年4月から2012年3月末まで都立日比谷高等学校の校長を務める。

2012年4月から2021年3月末まで学校法人東洋大学京北中学校・高等学校、白山高等学校の校長、及び東洋大学京北中学高等学校の初代校長を務める。

2021年から東洋大学参与に就任し教員の人材育成に努める。

2022年9月から昭和学院秀英中学校・高等学校に就任し現在に至る。

専門は、数学・学校教育・学校運営である。