UNKNOWN WORLD 経済学者・櫻井潤先生 特別編
情報誌『shuTOMO』2025年7月6日号掲載の櫻井潤先生「UNKNOWN WORLD」の特別編としてWebでお伝えします。〈取材・構成/ブランニュー・金子裕美〉
【経済学者への道】 お金の動きが気になった
ーー経済に興味をもった経緯を教えてください。
櫻井先生 小さい頃から〝お金〟に興味があって、たくさんのお金が欲しいというよりも、お金がどう動いているのかをよく調べました。買い物について行って、何がいくら、何がいくらと頭の中で計算してみたり、前と比べていくら違うなと感じてみたり。モノの価値をお金(数字)でとらえられるのが面白いなと思っていました。また、お金で人は幸せになったり不幸になったりしますよね。曖昧な人の心を、数字で動かしてしまうお金って不思議だなと思っていました。
高校生になると、通学で新宿駅を使うようになり、西口駅前で暮らすホームレス(路上生活者)の人たちを目にする機会が増えました。多くの人がそこを通るのに、関心を示す人はいません。僕にも目をそらしている自覚はありました。ただ、自分も小さい頃から、何もかもが思い通りにいっていたわけではなかったので、きっと簡単には言えない理由があるんだろうなと、共感する部分もありました。そのうち、その現実がどういうものなのかを知りたい! という欲求が湧いてきて、調査しました。路上生活者になった経緯や実態、生活保護制度を申請しない理由など、さまざまな観点から調べてみると、人は多様であるということにあらためて気づきました。また、自分も含めてですが、路上生活者を人間として扱っていない人たちがこれだけいるのか、ということにびっくりし、おかしな社会だなと思いました。
考えることが好き。哲学にも興味があった
ーそういうことが結びついて経済学部へ?
櫻井先生 そうですね。お金に興味があったので経済学部を選びました。ただ、考えることも好きで、哲学も学びたかったので、両方を学べる大学を選びました。例えば、世の中に貢献する方法として、ボランティアや寄付があります。それらを決して否定はしませんし、経験を通して自分が磨かれることもよくわかっているので、若い頃に経験すべきことだとは思うのですが……。私は寄付をしないんですよ。ボランティアも積極的にしようとは思いません。そこに一生懸命になることが、本当に自分らしい貢献の仕方だろうか、と考えてしまうからです。真面目にひたすら考える学問が「哲学」だと思うので、お金と人の関係を、身近なことからとことん考える大学時代にしたいと思っていました。
ーー考えることが好き、ということを自覚したのはいつ頃ですか。
櫻井先生 いつ頃からか定かではありませんが……。小さい頃からあまり何をやってもうまくいかない人生だったので、きっとうまくいかなかった時に、なぜなんだろう、とよく考えていたのだと思います。
例えば私は球技ができません。 キャッチボールをしても、友だちを怒らせるぐらいできないのです。剣道、柔道、空手など、球技以外は少しはできるんですよ。でも、幼少期は、サッカーやバスケができる子はかっこいいわけです。それこそモテる人。逆に言えば、スポーツができない。特に球技ができないと馬鹿にされて、すごく劣等感を持つんですよね。僕もすごく小さい頃から、自分は何をやってもできないのかな、と思っていました。勉強はできなくはなかったと思うのですが、進学塾に通っていた子に比べると、目一杯勉強してるわけではなかったので……。ある日、塾に通っている子に「なぜ、通っているのか」と聞いたら、誰も答えてくれませんでした。 そういう経験から、「なぜ?」という問いかけが大事なのかなと思いました。そこなら自分はできるんじゃないのかなって。うまくいかないときに感じたことが、考えることを好きになったきっかけだったのかもしれません。
中学時代は通訳になりたかった
--その頃から、研究者を目指していたのですか。
櫻井先生 中学時代は通訳になりたかったんです。当時では珍しい英語コースがある高校に、推薦入学で合格しました。受験を選択すると落ちるかもしれないじゃないですか。自信がなかったのかもしれませんね。それなのに、入学後、模擬試験のようなものを受けさせられたときに、学年1位だったので、なぜ自分は勉強しているのだろうと思ってしまって……。やる気をなくしたというか。無気力になってしまいました。別に不登校とか、荒れたとか、そういうことは特にはなかったのですが、あまり学校に行ってませんでした。今思えば、学費を払ってもらい、安全な場所で勉強できる機会をもらったのに、それを自分から捨てたのですから、本当にもったいない話です。卒業する少し前に、いろんな人に迷惑かけたなと反省し、大学では本気で勉強しようと思いました。よく「真面目」と言われますが、「真面目に考えた」のだと思います。
ところが、大学入学後も悩まされました。大学に入ると要領よくサボったり、人のノートを借りていい点数を取ったり。そういうことがよくありますよね。僕はそういうふうに要領良くはできなくて、改めて、何のために勉強してるのかなって思いました。すごく勉強したくて大学に入って、勉強をやり続けたのですが、そういうことに悩みながら勉強していました。成績は良くなったのですが、成績がいいから自分の価値が高くなるとは思えませんでした。やっぱり要領の...
--そうした中で大学院進学を決めた経緯を教えてください。
櫻井先生 最初は哲学で大学院に行こうと思ったのですが、経済も学びたくてどちらにするか選べなかったので、ゼミの金融論の先生に相談すると、その先生の言葉が腑に落ちました。「君が勉強したいと言っている『哲学』は、愛だの人生だの、すごい高尚じゃないか。君に高尚なことは無理だから、お金から物事を考える、下世話な『経済学』をやりなさい」と言われまして。心からそうだなと思ったので、経済学の道へ進みました。興味をもったのが「福祉国家と財政」という分野でした。今の政府では、社会保障が1番の軸になっています。それは先進諸国の共通点で、「現代国家」は「福祉国家」という特徴を持っています。福祉国家に関する本を読むと、スウェーデンの福祉は素晴らしい、日本は遅れている、という話が出てきましたが、何を基準に評価したらいいのかがわかりませんでした。そもそも、集めたお金をいかに使うか、という話はたくさんあるのですが、そのお金をどうやって集めるか、という話はあまりないので、財源に責任を持った社会保障の財政の勉強をしようと思いました。
--路上生活者の方々に興味をもった高校時代とつながりましたね。
櫻井先生 人が人の世話をする。人が人を助ける。そこでは、集めたお金を使うときに基準が必要ですよね。どういう人を救って、どういう人を救わないのか。 その基準を人間が決めるなんて、なんて傲慢なのだろうと思います。とても下品な銭勘定で政治的に動くこともあれば、非常に高尚な人の気持ちで何かが動くこともあるので、現実というものは上品で下品なんだなと思いました。確かに自分の先生の言う通りなので、哲学と経済学のどちらから見るかを考えたときに、やはり経済学でいいのかな、と思いました。
--表面的な出来事に振り回されることなく、ご自身の軸でとらえることを大事にされていることが、背景をお話いただいて、より深く理解できました。
櫻井先生 小さい頃から、身の回りのことに興味を持って、真面目に考えることが、単純に楽しかったんですよね。自身の経験から、真理に近づくには、とにかく何かに興味を持って、没頭して、調べる。当事者の話を聞く、ということが、すごく大事なことだと思っています。小学生の皆さんも、そういうことに意識をもってもらうと、勉強が楽しくなると思います。
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