UNKNOWN WORLD 動物言語学者・鈴木俊貴先生 特別編
情報誌『shuTOMO』2025年9月15日号掲載の鈴木俊貴先生「UNKNOWN WORLD」の特別編としてWebでお伝えします。〈取材・構成/ブランニュー・金子裕美〉...
時間をかけて観察を続けることが大事
--この頃「観察力」というワードをよく耳にしますが、20年間観察を続けてこられて、感じている変化があれば教えてください。
鈴木先生 去年の自分よりも、今の自分のほうがシジュウカラのことがよくわかるし、毎年解像度が上がっているという実感があります。ある時に特別な力を手に入れて、何でも見えるようになる人間はいません。時間をかけて観察を続けていくことで、少しずつ少しずつ、鳥の言葉や行動の意味など鳥の考えていることがわかるようになってくるので、継続することが大事だと思います。僕は鳥に特化していますが、もちろん他のいろいろなものにも本気で観察している人がいて、同様の感覚を身につけていると思うことがあります。この取材の前に料理研究家の先生と一緒に焼肉店に行ったのですが、先生は肉の状態を瞬時に見抜き、火種までの距離も見て、この順序でひっくり返そうという計算を頭の中でパパッとしていました。先生は普段から食材をとてもよく見ているので、そういうことが自然とできてしまうのだと思います。

このように、人間は知識や経験値を蓄えて上達していきます。僕も「動物はしゃべらない」と決めつけず、かれらの世界に入って行って、かれらの世界が見えるようになっているから、他の人に見えていない豊かな鳥の言葉の世界がわかるのです。そこの部分は、学校が教えてくれることでも、塾が教えてくれることでもありません。ましてや、テストで問われることでもないのですが、実は人生を豊かにしてくれます。それが職業と結びつけば楽しく生きていけます。
知らないことを、自分の力で、体験を通して調べてみよう
--やはり体験が大事なのですね。
鈴木先生 『探究』は人に聞くものではなくて、自分の体験を通して自分で探っていくものなんですよね。だから面白いんです。〝答えのないものを探究することが、本物の『探究』だよ〟ということを伝えたくて、子どもが読めるように本を書いたのですが……。この間もね、道を歩いていると、子どもが「鈴木先生」って言ってくれて。それがね、6歳の子だったんです。6歳はさすがに読めないだろうって思ったら、保護者の方が、「この本を読み聞かせてほしいって子どもが言うので、毎日読み聞かせているうちに、先生のファンになっちゃったんです」と言ってくださいました。「この本をきっかけに、ツバメの観察を始めました」と言ってくれた人もいて、すごく嬉しかったです。本を書いてよかったと思いました。子どもたちって純粋なんですよ。だから世界の見え方も、僕らとは違って、よりいろんなことに気づくだろうし、言葉に縛られていない分、柔軟だと思うので、幼少期から自然観察など知らないことを、自分の力で、体験を通して調べてみようよ、ということを伝えたいです。
--その探究心は、大人にも必要な気がします。
鈴木先生 もちろん、いくつになっても探究心をもって何かに取り組むことは大事ですよね。最近、言葉の時代になっていて、わからないことがあるとすぐにインターネットを検索したり、AIを使ったりしてしまう。たしかに、情報を収集し、整理することも大切ですが、それって本当の意味での探究とは違うことだと思うんです。自然のなかには、わかっていることよりもまだわかっていないことの方がたくさんある。それに気づくだけでもワクワクするし、それが一人一人の人生を豊かにするものだと思います。
--学校の勉強で今、役立っていると感じるものはありますか。
鈴木先生 たくさんあると思います。特に役立っていると思うのは、論理的に思考する力です。僕は、算数はパズルと同じだと思っていました。今でもそう思っています。数のパズルです。答えが出たら面白いので、遊びみたいな感覚で解いていました。僕の実感ですが、数のパズルがうまくいくと、言葉のパズルもうまく作れるようになります。たぶん論理的な思考が備わってくるからだと思います。AがBだとこうなる。じゃあAがCだとどうなる? というような推測もできるようになり、その力は、こういう実験をしたらシジュウカラの言葉の意味がわかるのでは? というような、見通しを立てる場面でも役立っています。
人生のどこかで苦手が得意に変わることもある
学校ではカリキュラムが決まっているので、その時点でできないと苦手意識を抱きがちですが、いつできるようになるかは誰にもわかりません。僕も学生時代に英語はそんなに得意ではありませんでした。しかし、自分で研究を始めると使わざるを得ません。海外にも研究者がたくさんいます。それに気づくと、かれらが取り組んでいる研究を知りたくなります。夢中で英語の論文や本を読みました。そのうち自分が研究した内容を世界に発表したいと思うようになり、毎日英語のトレーニングを独学でやりました。その勉強は大学4年生あたりから始めましたが、ぐんぐん力がついて、今では英語で困ることはありません。ネイティブの人に「ネイティブより上手い」とほめられるくらい、英語力が伸びました。自分の好きなことに関連していたり、必要性を感じたりすると楽しく勉強できます。人生のどこかで苦手が得意に変わることもあるので、学生時代にできなくても、苦手意識をもつ必要はないと思います。
出会いに気づいたら、それを一生懸命やればいい
--自分のやりたいことが見つからない、という声もよく聞きますが……。
鈴木先生 僕の場合は「出会い」でした。いろいろな生き物が好きで、シジュウカラもそれまでに何度も見ていたはずなのですが、大学4年生の時にシジュウカラの研究をやってみようと本気で思いました。それがずっと続いています。そういう出会いは意識的に探すというより、どこかで「気づく」ということだと思います。誰にでもそういう出会いはあると思うので、焦ることはないと思います。「見つけた!」と思ったらそれを一生懸命やればいい。それまでの間は、算数や国語の勉強をしておくと、それがいつか役に立つと思います。
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