コラム

アメリカンフットボール唐松星悦選手学校から世界へインタビュー③

「学校から世界へ」第7回のアスリートは、東京大学運動会アメリカンフットボール部主将の唐松星悦選手です...

アメフトで頭角を現した大学時代(34

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「学校から世界へ」第7回のアスリートは、ひたむきに努力することを信条に人生を築いてきた、東京大学運動会アメリカンフットボール部主将の唐松星悦(からまつ・しんえ)選手です。浅野中学校入学を機に、運動が苦手で消極的な自分を変えようとアメリカンフットボール部に入部。中高時代は勝つことができませんでしたが、ひたむきな努力は学業で花開き、東京大学に現役合格。運動会アメリカンフットボール部WARRIORSに入部したことから、東大初の日本代表入りというフットボール選手としても大きな勲章を手に入れました。「自分が本当にやりたいことで競争することが大事」と話す唐松さんに、22年間の人生で得たものを聞きました。

【取材日:2020年6月17日】(取材・構成:金子裕美 写真:東京大学WARRIORS)

唐松星悦選手のプロフィール

神奈川県生まれ。身長185cm、体重125kg。ポジションはオフェンスライン(OL)。中学受験を経て浅野中学校に入学し、アメリカンフットボール部に入部。中学時代はタッチフットボール(タックルの代わりにタッチする、アメフトを基にした競技)、高校時代はアメリカンフットボールに取り組んだ。今でこそ立派な体格だが、中学時代はごく普通。接触プレーが怖くて身が入らない時期が続いたが、高1から体重の増量に励み、徐々にアメフトのおもしろさを感じるようになった。部員が少なかったため、高校時代はフォワードとディフェンスの両方で活躍。アメフトに夢中になるにつれて学業にも身が入るようになり、先生の勧めで東京大学が志望校となる。高3の受験勉強でも目標が決まると、そこに向けて努力することをいとわない性格が発揮され、ほとんど塾に通うことなく志望校を突破。大学生になったらサークルに所属して大学生活を謳歌するはずが、運動会アメリカンフットボール部WARRIORSに入部したことから、再びアメフトと向き合う生活が始まった。体を作り直すと、U19日本代表のトライアウトに挑戦。代表入りして、2018年7月にメキシコで行われたU19世界選手権に出場した。そこで強豪校出身の選手と出会ったことをきっかけに、フィジカルの強化に加え技術面の研究に励み、翌年、シニア日本代表のトライアウトに挑戦。Xリーグ(社会人)の選手が中心を占める中で代表入りを果たし、2020年3月に行われたアメリカ遠征に参加した。その後はWARRIORSの主将としてチームを大学日本一へ導くための方策を模索。コロナ禍で思うように練習はできなかったが、大学最後の秋季リーグ戦に全力で挑んでいる。

体づくりの経験が役立ち実力が開花

--大学でもアメフトをやろうと思っていたのですか。

唐松さん「半分は意識しつつも、最初からアメフト部に入るのはつまらないじゃないですか。あらゆる選択肢を見てから決めたかったので、音楽系のサークルなど、自分に興味がありそうなものは調べました。ディベートサークルに一瞬だけ入ったのですが、アメフトに片足を入れたら純粋に楽しくて、いつの間にか両足を突っ込んでいた、という感じです」

--サークル活動と体育会(東大では運動会)とではかなり大学生活が変わってきますよね。

唐松さん「そうなんですよ。大学生活を楽しみたい、と思っていたのですが、WARRIORSの監督がちょうど交代した時期で、三沢英生監督、森清之ヘッドコーチが掲げるビジョンの壮大さに惹かれました。もちろんそれまでも『日本一になる』というビジョンはあったと思うのですが、そのビジョンと方法論がより明確で、それが大きなことに見えたというか。目的意識にものすごく魅力を感じたんですよね」

--挑戦できるフィールドを得て、どんな気持ちで取り組みましたか。

唐松さん「やってやる、という気持ちしかなかったです」

--高校時代はオフェンスとディフェンスの両方を担当していましたが、大学ではオフェンスライン(OL)に抜擢されました。それは希望通りでしたか。

唐松さん「ややこしいのですが、アメフトのディフェンスは攻める側なんです。自分たちから当たりに行くので格好いいですし、目立つプレーも多いので僕も本当はディフェンスラインをやりたかったのですが、残念なことにディフェンスラインのセンスがなかったんですよね。逆にオフェンスラインのセンスがあふれていたのでオフェンスラインになりました」

--オフェンスラインのセンスというと?

唐松さん「僕は手が長いので、相撲の張り手のような、相手を突き放して守る動きが結構得意なんです。それを見られてオフェンスラインに行かされました」

--唐松さんが担当するレフトタックル(LT)は、オフェンスラインの中でも重要なポジションと言われていますが、その理由を教えてください。

唐松さん「オフェンスラインは、相手チーム(攻撃側)をブロックして見方の走路を切り拓くポジションです。僕がレフトタックル(LT)を任されたのは、おそらく右が得意だからだと思います。レフトタックルがなぜ重要かというと、相手のボールを投げる人(クォーターバック)に右利きが多いからです。投げる時に右サイドは見えますが、左サイドは見えないので、完璧に相手をガードすることがレフトタックルの役割になります。それができなかった時に最悪の事態が起こるので、(チーム的には)大事といえば大事なポジションなのですが、ガードして当たり前なので、試合を悪い方向に変えることしかできないポジションとも言えます」

--その役割を極めて日本代表の座を射止めたのですから、スペシャリストですよね。

唐松さん「確かに左タックルの動きはすごく研究してきましたから、結果的にそうなったという感じです」

力試しで受けたトライアウトで日本代表に

--入学して2年目にU19日本代表に選ばれましたが、その経緯について教えてください。

唐松さん「東大アメフト部は初心者が多いので、1年目は主に体づくりをします。僕は体づくりの大切さを知っていたので一生懸命取り組みました。部内のフィジカル教育も整備されていたので、受験勉強で完全に痩せ切っていた体が108kgくらいになりました。体ができると、僕と同じポジションの先輩がいなかったので、大学2年の春から運良く試合経験を積ませてもらいました。自分の実力を試してみようという思いで、その夏に行われたU19日本代表選考会に挑戦すると、同世代のライバルが少ないなどいろいろな幸運が重なってメンバーに選ばれたのです」

--選考会は自分から応募したのですか。

唐松さん「アメフトは完全トライアウト制なので、エントリーした人の中から選ばれます。言うまでもなく自分に自信をもっている人ばかりです。その中で競争しなければいけないので、毎日が挑戦だと思って臨みました」

--U19日本代表には強豪校出身の選手が多いと思いますが、その中に入って得るものはありましたか。

唐松さん「(代表活動中は)自分がキャッチアップするだけで精一杯でした。自分の実力が劣っているのは明らかでしたから、自分から十分にコミュニケーションをとることができませんでした。自分が周りに良い影響を与えることもできませんでした。そこは心残りでしたが、テクニック的な部分を吸収したいと思ってトライアウトを受けたので、メキシコ遠征後にメンバーのビデオをたくさん見直して、どんなところに彼らの強さの秘訣があるのかを研究しました。自信をもってのびのびとプレーしている姿も刺激になって、自分の成長につながりました」

--そういう挑戦やフィードバックが、今年のシニア日本代表につながったのですね。

唐松さん「よく聞かれるのですが、シニア日本代表になりたくてフットボールを探究したわけではありません。東大では勉強よりもアメフトに力を入れて頑張ってきたので、日々の練習の成果を確かめたくてトライアウトを受けたら、たまたま日本代表に入れた。東大生としては初めてだった、というだけのことなんです。アメフトはそんなに世界大会が活発なわけではありません。ですから、実力があってもトライアウトを受けない選手が案外います。つまり代表選手になっても、日本でベストなプレーヤーかというと、そうとは言い切れないのです。大学生の中ではトップクラスの選手という自負はありますが、強いて言えば、思い切りの良さがあったからこういう経験につながったのだと思っています」

--2度の海外遠征で得られたものはありますか。

唐松さん「僕は日本代表は自分の修練の場と思って臨んでいたので、あまり海外で勝つことことを意識していませんでしたが、プレーしてみて、自分も海外に通用するかもしれない、と思いました」

--英語は?

唐松さん「受験勉強の延長線上くらいです」

--また海外に行ったらインプットしたことを少し発揮してみようかな、という気持ちはありますか。

唐松さん「そうですね。海外に行ったらプライドとか恥ずかしさとかいらないじゃないですか。そういう意味では海外へ行って、外国人とのコミュニケーションをとる上でのハードルは少し下がりました。これからは英語で話すことをきちんとやっていきたいですね」