学校特集
自修館中等教育学校2025
掲載日:2025年11月12日(水)
自律的な学習者を育てるため、「自主・自律の精神に富み『自学・自修・実践』できる生徒の育成」を教育目標に掲げる自修館中等教育学校。1999年の創立以来、「探究」「グローバルマインド」「EQ教育」の3つを学びの柱とし、独自の教育プログラムを実践しながら激変する社会に果敢に働きかける能力を育てています。今では当たり前になっている「探究」に創立当初から取り組んできたことはよく知られていますが、とりわけ他校と一線を画す学びとして同校を特徴づけているのが「EQ教育」です。現在、その取りまとめ役を担っている生徒情報室長の伊藤晋先生に、「EQ教育」の意義や狙い、取り組み内容についてお話を伺いました。
他者と共にある「生き方」の基礎を学ぶ自修館教育
■「自学・自修・実践」の力を育み、社会で役立つ人材を育てる
完全中高一貫校の自修館は、中高6年間を「生き方の基礎」を学ぶ時期と位置づけています。校名にあるとおり、「自学(何を学び)・自修(何を身につけ)・実践(何をするか)」という教育目標の下、10年先、20年先の社会で起こるであろう諸問題を想定し、そこに積極的に立ち向かい他者と協働しながら乗り越えていく、そんな資質・能力を育む人間教育を大切にしています。
1 学びの大切さを知り、深く学び続ける人
2 だれかのため、または世の中を変えるために力を尽くせる人
3 相手を理解し、尊重し合い、ともに協働できる人
1学年120名、4クラス編成の少人数教育をベースとし、生活リズムを保ちながら前学期の学習内容を留めやすい4学期制を採用。1年生から5年生まで毎年クラス替えを行うため、最終学年になる頃には学年に自然と一体感が生まれるそうです。
国内外の社会情勢の変化やAIをはじめとする技術革新の進展によって、これまで「常識」とされてきた価値観が次々に書き換えられ、次世代を生きる生徒たちにはこれまで以上に高い「適応力」が求められています。「何を学ぶべきか」を問い、「自ら学び続ける」力を授けること。それこそが、「自学・自修・実践」を掲げる同校の人間教育なのです。
■VUCA時代(※)に求められる人材を育む「EQ教育」とは?
創立以来、人間教育の柱として重視してきたのが「EQ教育」です。EQとは「Emotional Intelligence Quotient」の略で、「こころの知能指数」を意味します。EQ教育の目的は、他者と良い関係を築くために相手の感情を読み取り、自分の感情をうまく表現する能力を育むこと。もともとは、1990年にアメリカの心理学者が提唱した理論で、企業の社員教育でも大いに活用されてきました。「ビジネスマンの『自己啓発』に似ているかもしれません」と伊藤先生。
※Volatility(変動性)、Uncertainty(不確実性)、Complexity(複雑性)、Ambiguity(曖昧性)の頭文字を取った造語。将来の予測が困難な現代社会やビジネス環境を指し、グローバルな環境変化やテクノロジーの急速な進展に対応するため、企業や社会に柔軟な対応力が求められる状況を表現する。
これからのVUCAの時代に必要な人材はIQ(知能指数)が高い人以上に、EQ(こころの知能指数)が高い人、すなわち「多くの人と協働して、困難な課題に挑戦できる高度なコミュニケーション力」を持つ人材だと言われています。EQが高い人にはストレス耐性があるため、難しい状況でも適切に対処でき、人間関係を上手に築くことができるとされているからです。
伊藤先生:「EQは、『自己理解』と「『他者理解』を深めるものと考えています。例えば、自分の思い通りにならないことが起こりイライラした際に、人はいろいろな反応を示します。怒鳴る人もいれば、冷静に確認する人もいる。EQ教育とは、自分の感情をどのようにコントロールし、どのように相手に伝えることが最適なのかを学ぶものです」
■生徒のこころの状態をグラフで可視化する「EQ診断」
同校では中学3年間、EQ教育として週に1回の道徳の時間に「SS(セルフサイエンス)」という授業を実施。そして、学期ごとに性格や行動を分析する「EQ診断(行動特性検査)」を行い、それをもとに生徒一人ひとりの特徴の分析を進めています。
EQ診断では、毎回約100項目の設問に答えていきますが、それらは自己自覚力・他者察知力・感情語彙力など12分野に特化してグラフ化されます。「リーダーシップがある」「思いやりがある」など、生徒の資質や特徴を可視化する仕組みです。円形に近いグラフもあれば、ウニのように凸凹しているケースもあるそうです。
特筆すべきは、先生方も生徒とまったく同じEQ診断を受けていること。入試広報室副室長の森友秀先生のグラフを見せてもらいました(右の写真)。昨年度と今年度の同時期に実施したもので、青い線が昨年度、赤い線が今年度の結果です。全体的に赤い線の形が大きく、丸くなっています。今年度から副室長の役職についた森先生は、「意識的に他者の感情を読み取るように心がけ、自分自身の感情を抑制するようになってきた表れかもしれません」と語ります。「とてもリアルな変化だと思います」と納得している様子でした。
ただ、EQ診断は性格診断ではありません。あくまで、「今、どのようなこころの状態であるかを示す指標」なのです。そのため、生徒たちのグラフも、時間とともに、成長とともに形が変化していきます。
■EQは、トレーニングによって開発が可能
ここで重要なのは、こころの状態はトレーニングによって変えていくことができるということ。遺伝的基盤によって決定づけられるIQとは違い、EQはトレーニングによって開発が可能と考えられています。
伊藤先生:「自分を客観視するのは、人間だけができることです」
感情指数には、EQ(こころの知能指数)、CQ(Cultural Quoitent=文化的指数)、AQ(Adversity Quoitent=逆境指数)と、さまざまな段階があります。そこで、昨年度からはEQにCQとAQを加えて、「SS(セルフサイエンス)」の授業において発達段階に応じた実践的なコミュニケーション・トレーニングを行っています。
1年生でEQ、2年生でCQ、3年生ではAQを軸に学んでいきますが、それらのプログラムを組み立て牽引しているのが、生徒情報室長の伊藤先生です。
伊藤先生:「1年生は『自己認識と自己理解』、2年生は『他者理解とコミュニケーション』、そして3年生は『逆境に打ち勝ち、成長していく力』と学年ごとにテーマを設定しています。目的を明確にしながら、1年間を通してグループワークやロールプレイ、実験などさまざまなコミュニケーション・トレーニングを行いますが、これらは、人間関係を構築するスキルや逆境に対する耐性を育てるためにとても重要なものとなっています」
1年生 「EQ教育とは何か〜自己認識と自己理解」
EQ理論の基礎を学びながら、自己理解を深めて感情のコントロールの仕方を学び、他者との健全な関係を築くきっかけを知る。
2年生 「CQ教育とは何か〜他者理解とコミュニケーション」
CQ理論を学ぶことで、グローバル化が進む現代社会で必要な異文化間コミュニケーション能力を養い、より包括的な態度を育成する。
3年生 「AQ教育とは何か〜逆境に打ち勝ち、成長していく力」
AQ理論を学ぶことで、困難に直面しても諦めずに解決策を見出す力を身につけ、逆境から学ぶ方法を身につけていく。
上記の3つは、相互補完するものです。例えば、EQが高い人は他者の感情を理解しやすく、異文化間のコミュニケーションでもより適切に対応できるため、CQを向上させることができます。また、逆境に強いAQが高い人は、新しい環境や文化に対しても柔軟に適応でき、ストレスを管理するEQのスキルを向上させることができるのです。
■「EQ教育」で行う授業とは?
EQ教育を実践する「SS(セルフサイエンス)」の授業では、さまざまなグループワークやロールプレイを通じて、他者との効果的なコミュニケーション能力や、感情の表現や感情の管理する力を育んでいきます。
では、具体的にどのような授業を行っているのでしょうか? その一部をご紹介しましょう。
サンプル❶
SS授業1回目のテーマは「EQと感情」です。「EQとは何か」という説明から始まり、6種類(喜び・悲しみ・怒り・恐れ・驚き・嫌悪)あるといわれる人間の感情について、グループで話し合っていきます。
サンプル❷
授業テーマは「感情の表現」。顔の輪郭だけが描かれたイラストを用意して、そこに6種類の感情を表現した顔を描いてみます。生徒たちは、驚いたり怒ったりする表情は比較的上手に描くことができますが、笑顔や幸せな表情を描くことは苦手な傾向にあるそうです。
サンプル❸
「感情のロールプレイ」。状況設定があるだけの短いシナリオを準備して、生徒たちが実際に演じてみます。
状況設定:グループ発表の準備中、誰がどの役割を担当するかで意見が合いません。
Aさん:「私はスライドを作るのが得意だから、それを担当したい」
Bさん:「でも、スライド作りばかりやってるから、たまには発表もやってみてよ」
役割を入れ替えたりセリフの言い方を変えてみたりしながら、コミュニケーションを型として演じることで自分や他者の感情を理解していきます。
サンプル❹
ある状況を設定して、適切な言葉がけを学びます。
状況設定:清掃の時間。教室内でモップをかけている時に、掃除する場所をあけてくれないない友人に対して。
Aさん:「 空欄を言葉で埋める 」
Bさん:「 空欄を言葉で埋める 」
ワークシートの空欄に自分が発する言葉を記入し、自分の気持ちを伝えながら、相手にも気持ちよく受け入れてもらえるように、どのような言葉が適切かを考えていきます。
伊藤先生:「50代以上の大人であれば、近所の子どもたちと遊んだり喧嘩をしたり、ある種のメンタル・トレーニングを日常の中でしてきたものですが、地域コミュニティの形骸化によって、今の世代の子どもたちはこうしたコミュニケーション能力が希薄な傾向にあります。また、コロナ禍でマスクをしていた影響もあり、友達の表情から相手の気持ちをくみ取れないと言う子どもも増えています。加えて、SNSなどで簡易な言葉を使うことに慣れてしまい、自分ではそんなつもりはなくても、相手を傷つける言葉を使ったりする。それによって、思春期にありがちな人間関係のトラブルに発展することがあります。つまり、生徒たちにはこの授業を通してコミュニティの中の一員であることを自覚してほしいでのです」
人生経験を積んだ大人であれば、この場合はこういう言葉が適切だと判断できても、まだ経験の少ない生徒たちにとって難しいことなのは当然かもしれません。EQ教育は、「人生の基盤」となるコミュニケーション能力や感情をコントロールする力を育み、人間関係を円滑にするための学びなのです。
■「EQ・CQ・AQ」で培うスキルで、自分をクリエイトしていく
「SS」の授業は前期過程で行われますが、EQ診断は6年間を通して実施します。4年生以降の後期過程では、積み重ねてきたスキルを学校行事やグループワークなどで発揮し、さらに磨きをかけていきます。
伊藤先生:「教員がとても驚いた例があります。普段はとてもおとなしい人前に出てこない生徒が、EQ診断の結果、意外にも自分と同様に相手のことも尊重していることがわかりました。そこで、チームビルディングを行うグループワークの際に、その生徒をリーダーに指名したところ、仲間たちをリードしながら大活躍したのです。このように、生徒の特性を能動的な方向にもっていくことができれば、さらなる成長に繋がっていくと思っています」
前期過程の初期段階では、生徒たちは「EQ診断」のグラフを「どうだった?」と互いに見せ合い、心理テストの一種のように捉えているそうですが、「自分のグラフを、ある程度言語化して分析できるようになれば」と伊藤先生は期待を込めます。でも、「『授業でこんな話があった、こんなロールプレイをしたな』と覚えていて、大人になった時に『あれはこういう意味だったのか』と思い出してもらえればいいですね」とも。
伊藤先生:「EQ 、CQ 、AQの教育で培うこれらのスキルは、今だけでなく、将来社会に出た時にも非常に価値のあるものになるはずです。生徒たちが将来的にグローバルな環境で活躍するためには、必要不可欠な地盤になると思っています」
思春期まっ只中にある中高6年間は、誰もが不安を抱えています。そんな時期に行われる同校の「EQ教育」は、自分を客観的に理解して改良すべき点を見つけ、他者に寄り添う心を育むためのもの。さらには、自分の人生をクリエイトしていくための土台作りともいえます。
ちなみに、伊藤先生の専門は数学です。このことも、EQ教育をプラグマティックに推進できる一因かもしれません。でも、それ以上にEQ教育のために多分野を研究し続けている姿勢には、同校の奥行きの深い教育の一端が表れているように思います。
創立以来続く、自修館独自の「探究活動」と「グローバルプログラム」
最後に「EQ教育」と並んで、同校が教育の柱に掲げる「探究」「グローバルプログラム」についてもご紹介しましょう。
1999年の創立当初から、独自のカリキュラムとして「課題発見→思考→課題解決」というプロセスを重視した探究型授業を実施してきた同校。創立20周年を機に、それまでの探究活動をバージョンアップし、「課題を見つけ、乗り越えるために考え抜く力、その成果を表現する力」を育む「C-AIR」へと改編しました。
「C-AIR」とは「Change and Collaboration-oriented Agents through Inquiry and Research」の頭文字をとったものですが、中高6年間の発達段階に応じて生徒の探究心を引き出し、学びの意欲を高める必修カリキュラムです。社会で何が起きていて、この先どうなるのか。自分には何ができるのか。常に、社会との接点を探りながら探究活動を進めることが「C-AIR」の目的です。
●1・2年生「社会の見方を知るためのグループ学習」
地元である神奈川県伊勢原市や県内の大学・研究機関と連携し、情報収集をしながら課題解決型のフィールドワークに挑戦。ポスターやスライド制作など、探究活動でプレゼンテーション・スキルを習得しながら社会に対する自分なりの視点を養う。
●3・4年生「社会とつながるための学術ゼミ」
学術分野ごとに12のゼミに分かれて、積極的に外部機関や企業への取材を行いながら個人研究を実践し、成果を論文にまとめる。各ゼミは10名程度で、2名の先生が担当。
●5年生「社会に働きかけるための発展研究」
研究スタイル(グループ・個人)や、発表の形態もテーマに合わせて自由に選択できる。個々の資質やそれまでに身につけた知識やスキルを活かし、自律的な探究活動を実施。
●6年生「社会の今後を見通すための研究に挑戦」
選択制授業。大学の総合選抜型入試や学校推薦型選抜も視野に入れながら、自由課題で探究活動を行う。
また、多様なグローバル・プログラムにも定評のある同校ですが、英語に触れる場面を校内でも数多く用意して実践的な英語力をアップさせ、6年間でCEFER B1(英検2級相当)レベルを目指します。
その英語力を基盤に世界の仲間と協働して共通課題に取り組んでいくために、体験を主軸とした学びも豊富に用意するなど、「グローバルマインド」を培うことに尽力しています。
・「AE(Active English)」を全学年で実施。
・他言語(英語)を使って時事問題や数学、音楽などを学ぶ英語学習「CLIL」(3〜5年)を導入。
・ネイティブ教員3人が常駐するグローバルラウンジ(月〜金曜の昼休みと放課後に開放)を設置。
・レシテーションコンテストを実施。
・「Tokyo Global Gateway」で英語体験。
・英語漬けの2日間を過ごす「Jishukan English Day」を実施。
海外研修プログラムも豊富で、オーストラリア短期研修(3年生・4年生)、ハワイ研修(3年生〜5年生)、シンガポール研修(3年生〜6年生)、セブ島語学研修(1年生〜5年生)をはじめ、ニュージーランドやシンガポール、アメリカなど、さまざまなルーツを持つ人々が暮らす国々を訪問し、異文化交流を深める機会を提供しています。
さらに異文化への学びを深めたい生徒には、ニュージーランド交換留学やターム留学、1年留学など豊富なプログラムを用意。ちなみに、海外大学への進学を視野に入れる生徒は「UPAS(海外大学進学協定校推薦制度)」の活用も可能です。
