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英語で美術についての議論ができるひとを育てる(女子美)後編

発見!私学の輝き 女子美術大学付属高等学校・中学校(2)
教育ジャーナリスト おおたとしまさ

前編はこちら(1)あえて「普通科」の立ち位置から美術教育を行う

新科目「アート・イングリッシュ」がスタート

あくまでも「普通科」の学校として幅広い一般教養の上に立ち、さらに美術という視点から世の中を見て自己表現のできるひとを育てる女子美術大学付属高等学校・中学校。美術以外の教科でも美術に関わるテーマを多く扱う。

たとえば夏休みの宿題は、「科学にまつわるものづくり」。宇宙や生命について、カルタや図鑑、模型などの美術的な要素を含んだ形で表現させる。入れ子の構造が楽しいロシア名物マトショーリカ人形で、食物連鎖を表現したりするのである。

英語でもやはり美術に関する表現を学んだりするのが伝統だ。2019年度から、それをさらに一歩推し進め体系化した「アート・イングリッシュ」という科目がスタートした。文法系や英会話系の授業と並行して6年間にわたって、美術作品を鑑賞したり説明したりするときに必要な実践的英語力を養う。

「これからの世の中に必要な力として独創性とコミュニケーション能力があげられるだろうと思います。独創性については本校の生徒たちは十分な要素をすでにもっています。あとはそれを世界に発信する力」と言うのは英語科の横江和子さん。

たとえばホームページに作品を掲載すれば海外から問い合わせが入ることがある。そのときに相手の意図を正確に読み取り、自分の意図を正確に伝えられるか。やはりちょっとした言葉の壁が機会逸失につながることがあるという。多くの卒業生が、女子美で磨いた独創性を武器に世界で活躍するが、実際に社会に出てから学校で学んだ英語だけでは対応しきれないことを知り、慌てて美術英語を勉強することになるのが実状だった。

言葉が要らない科目を言語化する難しさ

一からオリジナルテキストを作成した。プログラムの開始まで、構想から約3年を要した。美術用語を覚えたり、美術史についての英語の文章を読んだり、有名な作品や作家について英語で感想を言い合ったり、自分たちの作品についての説明方法を英語で考えたりする。

授業は日本人教員とネイティブ教員とのティーム・ティーチングで行われる。ネイティブ教員のなかには自らアーチストとして活動する者もいるので、アーチストたちが実際に使う生の英語表現が学べる。

「美術英語って、やはり普通の英語とはかなり違うんです。学校で習う英語が得意だからといって美術英語ができるとは限らないんです。美術分野で身を成していく生徒がほとんどなので、そのベースだけでもあらかじめ用意できたらいいなと思っています」

横江さんはいわゆる普通の英語教師である。もともと美術英語を専門にしていたわけではない。自らも美術に関する膨大な知識・教養を身につけないと、カリキュラムづくりはできない。

「美術の先生に質問したり、ときどき生徒に聞いたりしながら、日々勉強しています(笑)」

美術英語の難しさはそれだけではない。

「美術や音楽はそれ自体が言葉の壁を越えるものなので、非言語的に共有される部分が大きい。しかしだからこそ、お互いの感じ方や考えや背景のずれに気づけずに、言語を介したコミュニケーションがかみ合わなくなることがあります。本来であれば言語化されにくい部分をいかに言語化していくかが大事だと思うんですよね……。つまり言語が要らない科目だからこその難しさがあります」

しかしその困難を乗り越えると思わぬ効果が生まれることがある。美術科主任の遠山香苗さんは「言語化しにくかったことをあえて英語で言語化することで、生徒たちのなかにあったもやもやっとしたことが形になり、逆に日本語での表現につながったり、作品の表現に反映されたりという連鎖を感じています」と言い、「美術科の教員も生徒たちといっしょにこの授業を受けたいくらいです」と笑う。

生徒たちの「好き」を活かす学び方

女子美での美術教育の集大成として、高3の「卒業制作」がある。上野の東京都美術館での「卒業制作展」に先駆けて、毎年学校で「卒業制作の思いを語る」という会が催される。作品に込めた思いを各生徒がプレゼンするのだ。「現在はそれを日本語で行っていますが、いずれは英語でも行えるようになるといいですよね」と遠山さん。

実際に、アート・イングリッシュの中3の目標が「自分の作品を紹介しよう」となっているが、英語科の横江さんは「発表しておしまいではなく、さらにその先を目指す」と抱負を語る。高3の目標は「対話を通して作品を鑑賞しよう」となっている。作品に対して英語で、論評したり、質問したり、それに対して答えたり、反論したりする能力を身につけることを狙う。

英語でそこまでできるようになるのなら、世の中一般的にいわれている、いわゆる英語4技能のレベルとしては御の字だ。女子美の場合、アート・イングリッシュという科目において、美術に特化した英語4技能を習得していくが、おそらくそこで得られた英語力は、そのまま学会やビジネスシーンにも応用できる。

遠山さんは「うちの生徒たちは美術が好きという強みがありますから、美術の英語であれば入っていきやすいと思います」と言う。その通りだと思う。「うちの生徒たちは美術に関しては言いたいことがたくさんあるんですよ。それを英語で表現する方法を学べるとなれば、目の色が変わります」と横江さんも言う。

漠然と「グローバル社会で通用する実践的英語力を身につけましょう」と言うよりも、生徒の興味・関心を利用して、ひとまずはその分野を中心としたところから実践的な英語を学ぶほうが、総合的な英語力も高まりやすいのではないだろうか。

であるならば、音楽という観点から英語を学んでもいい。スポーツという観点からでも鉄道という観点からでもいい。極端な話、ゲームという観点からでもいいかもしれない。世の中のためとか、将来のビジネスのためとかいうことはいったん脇に置いておいて、子どもたちの興味のど真ん中を利用して、教科の学びを深めていく手法である。

習熟度別より興味別分割授業が有効!?

女子美には「美術」という明確な立ち位置があるからアート・イングリッシュのような取り組みが生まれた。でも一般的な普通科の高校には多種多様な興味・関心をもつ生徒たちが集まる。女子美のように1つの立ち位置に特化することは難しい。

しかしものは考えようである。どうせ習熟度別の分割授業を行うのなら、たとえばスポーツという視点から英語を学びたいグループ、音楽という視点から英語を学びたいグループ、生き物という視点から英語を学びたいグループなどというテーマ切りで分割授業を行う方法もありかもしれない。

英語のテストの点数でクラスを分けるよりも、興味・関心でクラスを分けたほうがもしかしたら効果が高いかもしれない。アート・イングリッシュの話を聞いていて、そんな発想が頭に浮かんだ。現実的な運用にはいくつもの障害があることはもちろん承知だが、思考実験としては成り立つ。

これは英語教育に限らない。普通科の学校であっても、女子美のようにあえてなんらかの明確な視点を設けることによって、各教科の学びを効果的に深めていくことが可能になるかもしれない。

普通科の学校として、一般教養としての9教科すべてをまんべんなく学ぶことは大前提。しかし最初から全方位方で広く浅く学ぶのではなく、ある特定の視点からまずは深く切り崩していく。それをあとから横に展開する。そういう学びの進め方があってもいいのではないか。

私学なら、それができるはずだ。

→学校ホームページ http://www.joshibi.ac.jp/fuzoku/