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讃美歌も説教もない「沈黙の礼拝」に込める教育理念

発見!私学の輝き 普連土学園中学校・高等学校(前編)
教育ジャーナリスト おおたとしまさ

一般的な礼拝堂の代わりにある静黙室

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キリスト教「フレンド派」では国内唯一の学校

「普連土」という字面からは仏教用語のような印象を受けるかもしれないが、読みは「フレンド」であり、キリスト教フレンド派の流れをくむ。この当て字の校名は、津田塾大学創始者・津田梅子の父で農学者の津田仙が、「普(あまね)く世界の土地に連なる」との思いを込めて考案した。世界には100以上のフレンド派の学校があるが、日本ではここ普連土学園中学校・高等学校のみである。

普連土の1日は毎朝の礼拝から始まる。特に水曜日は「沈黙の礼拝」という形式。聖書の朗読もない。讃美歌も歌わない。説教もない。誰も何も話さない。約20分間、沈黙のうちにただ神を待ち望む。これがフレンド派に独特の礼拝スタイルなのだ。

独特の礼拝スタイルに象徴されるように、普連土の教育理念はフレンド派の思想と深く結びついている。そしてフレンド派とは、教義的にローマカトリックから最も遠いとされる宗派である。宗教改革の文脈をたどると、フレンド派の思想が浮かび上がる。

ローマカトリックから最も遠い宗派

イエスの死後、原始キリスト教団が生まれた。古代から中世前期にかけてはイタリアのローマとギリシャのコンスタンティノープル(現在のトルコのイスタンブール)に指導的な役割を担う教会があったが、両者は11世紀に決裂。前者は西方教会、後者は東方教会(東方正教会)としてそれぞれに発展する。西方教会の直系が、現在にも続くいわゆるローマカトリックである。

ヨーロッパで個人主義思想が勃興すると、16世紀に西方教会(カトリック)から分離・独立する形でプロテスタント系の諸教会が次々と組織された。いわゆる宗教改革である。

1517年、まずドイツでルターがローマカトリック教会を飛び出しルター派教会を形成すると、それは北欧へと広がった。カルヴァンがジュネーブで、ツヴィングリがチューリッヒで展開した運動は改革・長老派として、スイスからフランス、オランダ、イギリスへと波及した。

1534年にはヘンリー8世がローマカトリック教会との袂を分かちアングリカンチャーチ(イギリス国教会あるいは聖公会)を形成するが、実質的にローマカトリック教会のヒエラルキーをそのまま引き継いだものだったため、それに反発したのがいわゆるピューリタン(清教徒)たちであった。

17世紀半ばのピューリタン革命最終局面で登場するのが、ジョージ・フォックス。王政と呼ばれる厳しい格差社会のなかで、「一人一人の人間は神様の前でみな平等なのだ」という発見にもとづいて、すべてのひとが幸せに暮らせる社会を実現しようと努力したのがフレンド派だった。「クエーカー」と呼ばれることもある。

プロテスタント教会のなかでも、比較的ローマカトリックのスタイルに近い聖公会から派生したのが、メソジスト派およびメソジスト・プロテスタント派である。ピューリタン諸派と呼ばれるのが、長老派、会衆派、バプテスト派、そしてフレンド派である。

自らの生き方をもって語りなさい

「会衆派、バプテスト派、フレンド派に共通の原理が『会衆制』です。徹底した平等主義にもとづいており、直接民主制によって教会が運営されるので、話がなかなかまとまりません。うちの学校もその文化を受け継いでいます」と笑うのは、普連土の校長・青木直人さん。

教室には教壇もない。教師も生徒のことを「さん」づけで呼ぶ。この学校の中では、生徒も教師も平等であるとの思想の表れだ。職員会議でも生徒会でも多数決は行わない。全員が納得するまで話し合う。つまり数の力で押し切ることを否とする。

「力がものをいう時代、このような教育には大きな意味があると私たちは考えています」(青木さん、以下同)

先述の「沈黙の礼拝」もその思想の具現である。教会の中でも、誰かが誰かの上に立つということがない。だから牧師という存在すらいない。沈黙のなかで一人一人が直接神の声に耳を傾けるのである。

ちなみに、長老派や改革派そしてメソジスト・プロテスタント派は民主的な選挙によって代表者(長老)を選ぶ代表民主制だ。これを「長老制」の教会政治と呼ぶ。ローマカトリックはじめ、プロテスタントのなかでも系統的にはそれに近い聖公会やメソジスト派やルター派は、「監督制」と呼ばれる。司教や主教と呼ばれる最高指導者がおり、そのもとで司祭や牧師が信徒を指導するトップダウン型の教会運営がなされている。

「例年、高1と高2の希望者でイギリスの湖水地方を訪れます。フレンド派発祥の地とされるファーバンクフェルという丘の上には、“Let your lives speak.(自らの生き方をもって語りなさい)"というフレーズが刻まれたプレートがあります。フレンド派の開祖ジョージ・フォックスの言葉であり、世界中のフレンド派の学校のスクールモットーにもなっています。口先だけでなく、行動だけでもなく、生き方で語れる人間を育てることこそ私たちの学校の教育理念です」

都会のど真ん中にある隠れ家的学校

普連土は、東京都港区の慶應義塾大学三田キャンパスから目と鼻の距離の丘の上にあるが、周囲からはそこに学校があるようには見えない。都会のど真ん中にある、隠れ家的な学校だ。

事務室前にあるお客様用の腰掛けは、ソファではなく、木製の無骨なベンチだ。校内の窓やドアにも余計な装飾はなく、簡素そのもの。

「これも、カトリック的な装飾を嫌うフレンド派の特長です」

生徒たちが教室で使う机と椅子も、無骨な木製だ。

「一般の学校と同じような、軽くて丈夫なスチール製の机に変えてほしいという声が保護者から上がることもあるのですが……」

いやしかし、この趣深い机や椅子には、粗末には扱えない存在感がある。一般的なスチール製の机や椅子にはない教育力が、この木製の机や椅子にはあると私は感じる。

校内には、キリスト像やマリア像はもちろん、十字架すら見当たらない。信仰における“形式的なもの”を徹底的に排除するのがフレンド派の特徴だ。チャペルのかわりに静黙室という、何もない小部屋がある。これもフレンド派の伝統的な礼拝堂のスタイルを再現している。

大きな声や巧みな言葉で大衆の注目を集め数の力で物事を押し切るポピュリズムが世間を席巻しているようだが、教育の場において本質的に大切なのは、大衆を扇動する大きな声を発する方法を教えることではなく、小さな声に耳を傾ける姿勢を身につけることだと私は思う。

そして究極的には、自分のなかにある声に耳を傾けられなければならない。自らの生き方をもって語られるべきその言葉はきっと、自分の中にしか見つけられないから。沈黙の礼拝には、そんな意味もあるのではなかろうか。


→学校ホームページ https://www.friends.ac.jp