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受験情報ブログ

【横浜市立南高等学校附属中学校】進化する公立中高一貫校 Vol.1

生徒・教員が総力で築く探究と共創の未来

my TYPE第14号(2025年9月21日発行)掲載


取材・文/鈴木隆祐 写真/松沢雅彦 鈴木隆祐 デザイン/上野昭浩

地域に愛され、国際性に富む、そもそもグローカルな学校

横浜市立南高校(市立南ないし南高)並びに同附属中学の最寄り駅は、京急と横浜市営地下鉄線の上大岡、もしくは市営地下鉄の上永谷駅。上永谷からだと徒歩になるが、上大岡発着のバス便は京急・神奈川中央交通の2路線あり本数も多い。

だが、横浜南部で最大規模のバスターミナルを擁する上大岡駅。よそ者は迷子になってしまう。少なくとも行きはタクシーで向かうと決め、乗ってすぐ行き先を告げると、運転手はこう返す。「ああ、南なん高ね」。

前に同校を訪ねた時と同じだ。本連載開始早々の18年6月だった。タクシーの運転手は即座に「はい、南なん高ね」。誰も「みなみ」と呼ばない。それだけで地域に溶け込んでいる学校だとすぐ承知できた。

南高の創立は1954年。市立横浜商業高校からの分離独立という形を取った。当初は市立吉田中学校内に設けられ、市立港高等学校という名称だったが、横浜市南区民代表者の要請で同年5月1日に現校名に改称され、同日が開校記念日となる。

その南高に附属中ができたのが2012年4月。前回訪問は初めて中学入学の卒業生を出した直後だった。東京大学に5人合格するなど、難関大へ多数を送り込み話題ともなった。以降も23年度には東大合格者も12名を数え、神奈川県内の公立校では、横浜翠嵐・湘南に次ぐ実績だった。

しかし、そんな県下有数の進学校となっても、「南なん高」と地域住民に親しまれ、生徒も変わらず伸び伸びとしている。今年度から着任の二上直子校長は、6年前に1年間だけ南高の副校長を務めた。その際にも「昔ながらの元気な学校」の伝統が残っていると感じたという。

「みんな強い意志を持っていて、苦手な事でも一所懸命にやる子たちが多い。(当時は)5月末にいきなり体育祭があって、すかさず6月には合唱コンクールと行事が立て続くんです。一方で校内に学習スペースがたくさんあって、『帰りなさい』と言うまでそこで勉強してるんです」

卒業生の教員も多くいるとか。だが、そんな南高も26年度より高校からの入学者募集を停止する。つまり、本年度入学の高1生が最後の高入生ということになる。「決まったからには、教育課程の再編成が急務です。6年間を通じ、生徒も職員も成長できる環境を目指したい。探究にもこれまで以上に力を入れていきます」と語るのは一昨年から就任した中澤務校長代理。生徒の将来像についても、きっぱりと明言する。「この先の自分が何者になるのか、何を学んでいくのか、明確なイメージを持てるようになってもらいたい。具体的に社会に貢献したいという思いを持って、生徒には巣立って欲しいですね」

この言葉に大きくうなずく二上校長は、かつて外国教育施設日本語指導教員派遣事業(REXプログラム)でニューヨークの国連国際学校(UNIS)に派遣されていた。当時の記録がREX関係者向けのブログに残っている。「03年から2年間、UNISで日本語を教えていました。持参した祖母が仕立てた浴衣を着て授業をしたことも。まさに人種の坩堝のニューヨークにあって、文字通り多文化が共生している環境でした」

UNISは元々、国連職員が自分の子どもたちに国際教育を授けようと設立した学校。今では誰でも受験でき、生徒の半数はアメリカ人以外で、その国籍も100を超えるという。

市立南は15年から20年の5年間、文科省より「スーパーグローバルハイスクール(SGH)」に指定されていた。この制度は21年で終了したが、今なお取り組みを継続して実施する、高校等の組織「SGHネットワーク」の参加校だ。高校の修学旅行先もシンガポール。コロナ禍で北海道に変更となっていたが、近年中に復活させる見通しだ。

ロイロノートを駆使し、自己流の学びを身につける生徒たち

前置きはここまで。実際に授業を見てみよう。中2理科では、前の授業で行われた化学の実験(炭素水素ナトリウムの熱分解)の確認に、生徒らがロイロノート・スクールを自在に使いこなしていた。これまでにも何度かロイロノートの使用場面に接してきたが、こうまで闊達に使えるのは、各人で自身なりのカスタマイズができているからだろう。

協働学習授業支援アプリであるロイロ自体、13年のリリース以降、着実に教育現場に浸透してきたが、19年開始の文科省による「GIGAスクール構想」を機にユーザー数が急拡大。24年8月には、導入校も13000校に達し、1日の利用者数も260万人を突破している。

授業では実験時に配布されたプリントがデータでシェアされ、生徒は手書きかスマートペンかキーボードでの打ち込みで、そこに回答を記入していく。どちらか使い勝手の良いほうを選ぶのだが、状況いかんで両者を巧みに使い分ける生徒もいる。それらデータの全体共有も可能だから、他の生徒の書き込みも参考になる。

「横浜市では小学校からロイロを導入しているので、みんな使い慣れているんです」と説明するのは本江聡美中学副校長。横浜市ではコロナ期間中の21年4月、「GIGAスクール構想」に基づき、市立校の児童生徒並び教員に約27万台の端末の配布を完了している。

「小学校ではiPad、中学からはChromebookを使用します。Chromebookもタブレットモードで使えば、画面が反転するので便利ですよね」

作成したノートを指でスライドし提出箱に入れる。いろんな局面で時短が実現し、そのぶん教材作り自体に時間もかけられる。ただ、それも生徒がツールを駆使できてのことだろう。ICTツールは本来、人の思考の枠組みを広げ、考え方自体にも好影響を与えている。そうした紛れもない事実がこの後も何度となく、市立南の授業で確認できた。

中3理科では化学分野のうすい塩酸の電気分解実験の機器らしいが、筆者は初見。生徒らは手際よく機器を扱う。渡辺来未さんが説明する。「もう何度か使っていますから。2年で水(水酸化ナトリウム水溶液)の電気分解で同じような実験をしました」

前面の槽に満たしたうすい塩酸に電流を通せば、装置の栓を開け、陽極で発生するのは塩素、陰極では水素だ。陰極の栓を開け、火をつけた線香を近づけると、ポンと小気味よい音が炸裂するのでわかる。

そして、ビーカーに入った塩化銅(II)水溶液に電流を通すと、陰極側の炭素棒には銅が付着し、陽極からは塩素が発生する。銅を匙で取り、紙に擦り付けると鈍く光る。むろん、これらイオンの移動現象を化学式で表すのだが、渡辺さんはそれも「授業でイオンカードゲームをやって、遊びながら覚えた」とか。

あくまで生徒の自主性に委ねながら、的確なアドバイスを与える菊池洋美教諭は、市立南には今年度から勤務し、高校生の授業だけでなく、中学生も教えることになった。

「化学だけ中3に教えていますが、中学指導要領を読み込んで、私自身が学び直しです(笑)。高校と中学では教科書の作りも、アプローチ法もまったく違う。あれこれ悩みながら、化学基礎領域に足を突っ込むかどうかも探り中です」いみじくも中澤校長代理の言う、「生徒も職員も成長できる環境」の実践を垣間見た。

文理違わず遊び心を大事にし、伝わる授業作りを試みる

ゲームといえば、授業全体が遊戯的だったのが中2数学。ほぼ1コマの半分、生徒らはグループごとひたすらサイコロを振りまくる。あるグループは300回振って1が230回出た。他のグループだと300回中178回は4が出た。「鉛でも入ってるんじゃないかな」と男子生徒の誰かがつぶやく。

実はその通り。これは相対度数の立派な授業。だが、山口智司教諭は生徒の理解を促すためにひと工夫をした。重心がずれた“いかさまダイス”を中に仕込んだのだ。たまに数学の授業でも用いられるのだという。

「元は手品グッズで入手も容易です。正六面体のサイコロは投ずるほどに、1から6の出目が揃ってきます。つまり統計的確率は1/6、0.167に近づく。そこに遊び感覚を持ち込むことで、確率の重要概念である『同様に確からしい』の意味を理解して欲しかったんです」

山口教諭は市立南の生徒を評し、「深掘りができる」と語る。やがて高校で公式も用い、より深く確率を学ばねばならない。その準備として、この遊び心が大切なのだ。今、公立にせよ私立にせよ、一貫校に通う生徒は6年間を真のゆとりを持って過ごせている。このように楽しみながら学べているのだ。

同じ中2の社会に目を移すと、これまたゲーム感覚で戦国の三英傑のまとめをしていた。吉田みどり教諭は黒板に「(織田)信長・(豊臣)秀吉の評価をしよう」と書く。正五角形のレーダーチャートには5つの人物評価ポイントが示される。

統率力・財力・武力・作戦力、そして思いやり。一瞥すると、あのベストセラー歴史シミュレーションゲーム『信長の野望』シリーズの各武将の能力値表示に近い。生徒はプリント上のチャートに評価を書き入れ、さらに所見を記す。当然ながら、「鳴かぬなら殺してしまえ時ほととぎす鳥」と狂歌に詠われ、明智光秀に寝首を掻かれた信長の思いやり度は著しく低い。

一方の秀吉はといえば、足軽上がりながら、刀狩令や身分統制令を発布し、キリスト教を禁じて踏み絵までさせたのだから、庶民弾圧に回った側。他の4項目では突出していても、やはり思いやりには乏しいとの評価だ。

授業は4人1組がティスカッションをしながら進行するのだが、その秀吉の業績を面白おかしくメンバーに熱弁していたのが平林樹奈さんだった。

「秀吉は基本自己中なんで、自分より上に人を置きたくないって考え方。百姓出身なのに農民に厳しくし、太閤検地の結果、今より高い率の税金も取り立てて…」

とまぁ、立て板に水の名調子。これは相当な歴女だなと思いきや、「何事にも詳しいしマニアック。読書家なんでしょう」とは吉田教諭の平林さん評だ。出る杭がすくすく伸びている印象を受ける。次回の授業では家康に評価を下すわけだが、平林さんら生徒ならホトトギスをどう遇するか、個々の考えが聞きたい気もする。

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Vol.2につづく

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