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受験情報ブログ

【横浜市立南高等学校附属中学校】進化する公立中高一貫校 Vol.2

生徒・教員が総力で築く探究と共創の未来

my TYPE第14号(2025年9月21日発行)掲載


取材・文/鈴木隆祐 写真/松沢雅彦 鈴木隆祐 デザイン/上野昭浩

快調なリズムとテンポで運ぶ英語、話術巧みに楽曲の世界へ誘う音楽

先述のように市立南はグローバル教育のモデル校。英語の授業を見ないわけにはいかない。中1ではリスニング重視。「中間テストまでアルファベット表記ぐらいしか書かせない」とは本江副校長の弁だ。その授業を見ると、ともかくリズミカル。いわゆるチャンツよろしく、教科書に即して、自然に語彙を増やせるような導入を設けるのだが、例えば好きなチョコレートの種類。

ミルク・ビター・ホワイト・ナッツ・イチゴ・抹茶・板チョコ…と生徒らが次々に挙げると、「まだある?」と神馬和樹教諭が促す。「チョコバナナ!」と生徒の声。「あの屋台の?」と戸惑う教諭だが、「バナナ味のチョコもあるよね」と切り返す。その合間にも豆知識を伝授。

「バレンタインデーは日本では女の子が男の子にチョコをあげる日になっちゃってるけど、欧米では家族間でチョコに限らず贈り物をする日なんだよ」

そして、神馬教諭は男性が女性にお返しするホワイトデーは日本オリジナルの習慣だと説明する。これが調べると、今では中国や台湾、韓国などにも伝播しているらしい。そして、次には好きなポテトチップスに話題が移ると、「しあわせバター」や「わさビーフ」の名を挙げる生徒も。

もちろんこのやり取り、“Whichpotatochipsdoyoulike?”“What'syourfavoriteflavor?”などと基本的には英語で進行する。最後に神馬教諭は“Whatisthebest?”と生徒に問う。期間限定品を含めれば枚挙に暇ないポテチだが、Salt(塩)・SeaweedSalt(のり塩)・Consommé(コンソメ)の3大定番のうち、どれが好みか尋ねたのだ。結果はコンソメ派の圧勝。そこはまだ中1である。

ここで気づかされたのは、誰だって好意を抱いた事物の名は即座に覚えてしまうということ。学びとはいろんな物事を極力分け隔てなく、好きになる=理解する行いに過ぎないのだ。

みなとみらいホールを借り切ってまでして行う、合唱コンクールがアイデンティティの一つの市立南では、音楽教諭も専任を置く。今年赴任した田辺尊信教諭はユーフォニアム奏者で、吹奏楽指導では県内でも知られた存在だ。当人の歌声を聴くと、声楽が専門と思い込んでしまった。目下の中3の課題曲、ナポリ民謡『帰れソレントへ』をそれだけ朗々と歌う。

その授業はてんこ盛りで、まずは原語と日本語で教材の動画の歌唱を鑑賞する。有名なカンツォーネだが、ハ短調からハ長調へ転調し、元に戻るを繰り返す、強弱のメリハリも効いた、かなりの難曲だ。この曲がいわゆる町おこしCMソングだったことも、田辺教諭はチラリと明かす。「ソレントはナポリ湾に面した風光明媚な街(と写真を見せる)。1902年の9月に時の首相がソレントを訪れた際、市長が歓迎のための曲作りをデ・クルティス兄弟に依頼したんです」

そして、生徒らは早速、座ったまま2つの『ソレント』を合唱。歌い終わった矢先、田辺教諭はこの曲を期末試験に出すことやその採点法まで告げる。「自由曲だと公平性に欠けますから。ぜひオリジナルの母音・子音で歌って欲しいですね。ゲーテ(作詞、シューベルト作曲)の『魔王』を覚えてます(とイントロをピアノで弾く)?あちらはドイツ語ですが、今度はイタリア語。いろんな言語を味わって欲しい。テストでは出席番号順に呼ばれた2人がみんなの前に立って歌いますよ。歌は誰かに聴かせるもの。そうやって聴く耳も育てたいんです」

すごい情報量だ。進学校の音楽ならこうでなくては。「楽譜には(音楽記号の)リタルダンド(次第にゆっくり)もフェルマータ(音符や休符を長く伸ばす)も入ってますね。行けそうな気がする。次回は練習で、次々回にはテストをしますよ。だって、いろんな音楽をやりたいじゃん!」田辺教諭は「すべてにおいて前向き」と市立南の生徒を評すが、どんなベテラン教員でも心根は同じはず。いっそう成長したいと願う。生徒に恵まれればなおさらだ。

中学で抱かれた卵が高校で孵かえる挑戦と行動の成果が表彰も

南附属中最大の特色は、「Explore(さがす)」「Grasp(つかむ)」「Grow(のびる)」の頭文字を取って命名された、「EGG」と呼ばれる総合的学習の時間。体験を通してコミュニケーション力の育成を目指す「EGG体験」、各専門分野の講師を招く「EGG講座」、ゼミ形式の学習「EGGゼミ」などのプログラムがある。

中3時にはEGG体験の学習の実践として、カナダの研修旅行が行われ、異文化に触れる体験や英語でのコミュニケーション体験を通じ、コミュニケーション力の育成の実現を目指す。また、EGGゼミの集大成として、卒業研究に取り組む。そして、これが高校に上がると、同様の総合の時間「TRY&ACT」につながっていく。

このEGG並びにTRY&ACTは毎週木曜の7時間目に行われる(ちなみに市立南は中高週2日、高校のみさらに1日、7時間授業になる)。問われるのは時間数より集中力だ。両者の様子を横断的に眺めても、生徒は中高の差なく活発に論じ合い、この時間を楽しみにしているのがわかる。

中学のEGGゼミの大テーマは「世界を幸せにする第一歩」。中1の前期は大テーマからクラステーマ、個人テーマを設定して、情報を収集し、個人で新聞にまとめる。その中で、探究的な学習に必要な知識、技能(情報収集の仕方、話し合い方、考えのまとめ方など)を身に付けていく。

中1のEGGでは、各人が9月の南高祭展示の部までに、1ページの新聞を作る。私のようなプロからすれば、1時間もあればできてしまう作業だ。しかし、それも何をテーマにするかの想定あってのこと。テーマの発見こそが課題で、つねにアンテナを巡らせ、自身にそれらストックがな...

そして、まずは新聞がどう成り立っているかを理解するのが先決。いかに限られた紙幅で記事構成をし、見出しをつけ、写真・イラストを配すべきか、会得するのも経験の成せる業なのだ。まだ中1の段階だから、生徒らは1学期をかけ、自分なりの問題意識の醸成に努める。それには実際の新聞に積極的に接するのはむろん、先輩たちの作品に触れるに限る。そこで生徒らはラミネート加工された昨年度の1年生の新聞を回覧する。私が現認したのもそんな場面だ。

身体的特徴をすべて前向きに捉える、ボディ・ポジティブに注目する『イケてるじゃん新聞』、方言の成立や行方に目を向けた『方言差別新聞』、生徒の関心があらゆる方面に向かっていることがタイトルを見るだけでわかる。ただ、記事上の方言の歴史の考察などよく読むと、近代の東京中心視点は否めない。実は上方言葉に比肩すれば、江戸弁こそ方言であり、明治に入って共通語を編み出したのにも、中央集権国家たらんとする時の政府の要請がある。

しかし、肝心なのは気づきだ。それによって人は差別されてはならず、むしろ守るべき文化が方言、という論理的帰結だ。こうした成果に触発され、貪り読む新1年生がいる。課題発見力がつねに拡充され、問題解決の糸口になっているのを感じる。

この営みが高校段階でより高い次元で実を結ぶのは至極当たり前だ。TRY&ACTの展開として、主体的に課題解決をする姿勢を養う独自の人材育成システム「グローバルリーダープロジェクト(GLP)」を勧奨。希望する高2生は日本政策金融公庫が主催の「高校生ビジネスプラン・グランプリ」への参加が恒例となっている。

同大会は昨年度で過去最多の応募数、参加校536校・プラン数5151件にも上るが、南高は18年度以降、コロナ化の影響で未開催だった19年度を除き、毎年ベスト10...

女子部員が日本球界を変える?中学野球部はダイバーシティの手本

南高は部活も旺盛。だが、基礎段階の附属中では平日の月・水・金曜を軸に活動する。敷地は横浜市内の高校で2番目に面積が広く、東京ドーム1個分以上、横浜スタジアム2個分に相当するだけあり、2つの体育館以外にも様々な施設が整っている。運動系文化系、一通りの部活が揃うが、中で極めつけは中学野球部。中3の女子部員、佐久間南実さんが所属しており、男子と一緒に練習もし、試合にも出場する。

全国的に女子中学生の軟式野球チームを結成する動きが拡大しているが、神奈川にも県選抜チーム「神奈川やまゆりクラブ」がある。佐久間さんはこのチームで主将を務め、今年4月の第12回関東・東北・北信越女子中学軟式野球大会では昨年度に続いて3位入賞を果たした。佐久間さんのポジションは投手兼捕手。兄の入団したクラブの練習や試合に付き添うにつれ、自身も次第にプレーしたくなったのだ。

「監督に誘われて始めたのが小3です。最初は男子のチームに女子は1人でした。中学に入ってから本格的にピッチャーを始めました」

スリークォーターのフォームから最速100kmの球を放り、指導者にも「球質がいい」と褒められるのだという。打撃は好不調の波があるそうだが、出場記録を確認すると、かなりの高打率。投げてよし打ってよしと、大谷翔平同様の二刀流的存在である。

「二刀流は女子にも多いんですよ。でも、私はスラッガーじゃないので、つねにしなやかに打ちたいとのイメージを持っています。足にも自信があります」

実に頼もしい。佐久間さんはある日、球場でユニフォーム姿でいたところを、小さな子を連れた家族に注目され、「不思議に思った」と声をかけられた。その経験から、「女子野球の普及を進めるためにはどうしたらよいか」を自身のEGGのテーマに設定した。あらかじめ女子野球の歴史等を調べた上で、この分野に長く携わってきた監督やコーチへのインタビュー、オープンスクールで来校した児童や在校生へのアンケートなどを計画。女子野球普及のための方策を研究しているという。

これぞ市立南が目標の一つとして掲げる、「多様性を尊重する態度」の実現だろう。佐久間さんの活躍も市立南の生徒が共通して持つ、参加意識の高さを代弁しているのだ。

中学入試情報誌『MyTYPE』とは

『MyTYPE』は、首都圏模試センターが発行する中学入試情報誌で、最新の入試動向や学校情報をわかりやすく紹介しています。偏差値データや合格者分析に加え、受験生の「タイプ」に応じた学校選びの視点が特徴です。学力だけでなく個性や学び方に合った進路を考えるヒントが得られ、保護者にとっても教育方針や学校生活を知る貴重な情報源となります。受験を通じて子どもの未来を見つめるきっかけとなる一冊です。今回は、2025年9月21日発行のmy TYPE第14号に掲載しました記事をご紹介します。

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