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「15歳のグローバルチャンレンジ」―桐蔭学園中等教育学校

桐蔭学園中等教育学校では、2021年4月から「15歳のグローバルチャレンジ」がスタートしました。

桐蔭学園中等教育学校の教育の柱の一つは、「探究」です。「未来への扉」と名付けられた週1回の授業で、1年から5年(高2相当)までの5年間で、探究スキルの基礎育成、活用、発展と、段階的に学びを深めています。2021年4月から、3年次に「15歳のグローバルチャレンジ」がスタートしました。
(取材:2021年5月17日 / 市川理香)

桐蔭学園中等教育学校の教育の柱の一つは、「探究」です。「未来への扉」と名付けられた週1回の授業で、1年から5年(高2相当)までの5年間で、探究スキルの基礎育成、活用、発展と、段階的に学びを深めています。
1・2年次には、自分の興味・関心から身近な課題を考えることで探究の基礎スキルを身につけます。そしてそのスキルを活用して世の中の課題と向き合う3年次に、2021年4月から「15歳のグローバルチャレンジ」がスタートしました。
桐蔭学園中等教育学校の模擬国連部は、日本代表として世界大会に派遣される実力校で、その活動がベースとなって生まれたのが、この新プログラムです。3年生の生徒3〜4人がグループで、ある国の大使となり、その国の理解、抱える問題、問題解決のために何が必要かを考え、グローバルな視座を獲得することを目指しています。学年末の模擬国連会議での「全会一致の決議」に向けて、学年全体で70ヵ国の「大使」が、週1回の授業に臨んでおり、一歩一歩確かな成長を刻み始めている様子が伺えます。模擬国連部の立ち上げから生徒とともに歩み、3年次の新しいプログラムをプロジェクトチームの中心となって展開している、3学年学年主任・橋本雄介先生に話を伺いました。

まず模擬国連部の立ち上げからお聞かせください。

16年前のスキーキャンプの時、一つ一つの部屋に国を割り当てて、自分の国の良さをアピールするプレゼン大会を行ったのが、そもそもの発端でした。自分の今までの視点とは違う視点でプレゼンする面白さに目覚めた生徒がいて、「模擬国連」の同好会?活動が始まりました。立ち上げに関わった教員の退職もあって、自分が顧問を頼まれたのですが、ところが今度は私の方が面白くなってきたのです。最初は、模擬国連が何かも全然分からなかったので、慶應大学の研究会に強引にお邪魔して勉強させてもらたったり、空席があればお金を払って誰でも参加できる大学生の全日本大会で、私も生徒も同列のプレーヤーとして参加したりして理解を深めていきました。
第1回全国高校生模擬国連大会に当時の中等教育学校の生徒が出場したところ、日本代表に選ばれニューヨークで行われる世界大会に行けたのです。それで部に昇格しました。現在40人くらいの部員がいます。後期課程(高校)の部活なので、現在は男子のみ。学校の改組も進んできており、今年の秋から女子も入ってきます。抽象的な思考が必要なので、15歳くらいの男子は抽象と具体の概念を行ったり来たりすることがまだうまくできないのが難しいところです。

その模擬国連部の活動がベースになっているのですね。

全日本大会で優勝した頃には、英語科の教員が週1の英会話授業で模擬国連の要素を取り入れたらおもしろいんじゃないかと言っていました。私も、模擬国連は生徒が成長するプログラムに間違いないなと実感していたのですが、具体的に動き出したのは共学中等教育学校への改革プロジェクトが動き出してからです。
桐蔭学園の探究(総合学習)は、5年一貫のプログラムです。基礎を学ぶ1・2年の2年間で、5個くらいのテーマに取り組みます。偉人を取り上げてプレゼンするなど、自分で課題を設定して情報を集めて分析、そして発表、さらにふり返り。このサイクルを繰り返して探究のスキルを身につけます。2年生までに、課題は何か、それを解決するにはどうしたらいいというサイクルができるので、世の中の課題と向き合う3年次で模擬国連を使ってもらえないかと提案しました。まさか1年間使ってよいと言ってもらえると思わなかったのですが、国際問題をトピックとして取り上げる「15歳のグローバルチャレンジ」が始まりました。

後期課程(高校)にはどうつながりますか?

実は、探究学習を進めていくうちに、限界のようなものを感じていました。1年生から同心円で学びを進めて行くことは大切である一方、生徒たちが自分の見える範囲内で全てがわかったつもりになってしまうのは物足りないしもったいないと思っていたのです。一気に視座を変えてみる経験を3年次にできたら、後期課程で始まる個人の探究も面白いものになるだろうし、人生で行き詰まった時に視座を変えたらなんとかなるんじゃないかとか、自分たちにはこう見えているけれども違った考えの集団がある、あの人たちはどういう視座を持っているのだろうとか、違う考え方ができるのではないかと思うのです。そのために、今までの自分のベースにはないことに取り組み、後期への流れを一気に加速させる1年間にしたいのです。視座を変えていろいろなことを見て、考えていくと、世界の国が鏡となって生徒自身が見えてくるはずなんです。個人の直線的な探究から、4・5年生の幅広く深い成長につなげて行きたいと思っています。私は国語の教師ですが、「15歳のグローバルチャレンジ」の授業準備は国語の10倍かかります。それでも、この授業が楽しくて仕方ないですね。

プログラムのために70カ国を選んで割り振る・・。大変ですね。

10数年、模擬国連部の顧問をやっているうちに、生徒とともに学んだことが生きています。生徒より秀でている何かがあって率いてきたのではなく、私はたまたま生徒と関わらざるを得なくなって生徒と一緒に学ぶ姿勢で当初からやってきたことが、今の教育観にフィットしたのだと思います。取り上げる国を決めるにあたって、実際の先進国・途上国のバランス、大陸のバランス、宗教のバランス等々を見て、また生徒がアクセスしやすい資料の多い国など複合的な観点から選ぶことができるくらいにはなりました。プログラムの素案は一人で作っていますが、それでは私一人しかできないプログラムになってしまうので、ユニバーサルデザインも考えて、化学、英語、公民の教員とチームを組んでやっています。3年生7クラスのうち4クラスを私が、他の3人が1クラスずつ担当して授業を行っていますが、週に一度、教科会を開き、一ヶ月から一ヶ月半先の教材まで共有して、4人みんながこの授業ができるという確認をしながら進めています。
担当国の割り振りの方法は、迷いました。主体的に取り組むという点では、自分たちが担当したい国を選ぶというやり方が良いかもしれないし、やりたい国とやりたくない国が出てしまうのも避けたかった。結局、機械的に割り振りました、「出会い」ということで。

「国」に対して、生徒はどう反応しましたか。

最初に生徒たちから上がってきたのは戸惑いの声ばかりでした。「え、国? なにそれ」とか、「この国、知らない」とか。授業が3回終わったところですが、担当する国を受け止めて、その国としての発信を手探りで始めたばかりです。これから先、大きなプロジェクトを動かし始めると国連大使団の中で自分がどういうところで貢献できるかというリーダーシップに段階が移っていきます。その頃に、生徒同士の化学反応が起こっていくと思います。現代はトップダウンリーダーシップでは、危機に対し得ない時代です。生徒には1年生の頃から、いろいろな立場から見えることを出し合って、お互いに影響を及ぼし合いながら目標に向かうシェアドリーダーシップを、自分もみんなも目指そうと伝えています。ある局面ではリーダーになるとうまくいくという生徒も、ある局面ではうまくいかないということもあります。このプログラムを通して、お互いがそれぞれの特性を認め合いながら進んでいく体験をしてもらいたいです。
中等教育学校では、全体の長から部門に指示を下ろして、部門の長がみんなに指示するという学園生活の中の縦割りから脱却する努力をしています。これまでならリーダーを置くようなイベントも、わざとリーダーを置かないでやることもあります。それぞれが責任を持って行動しようというように変えたことが、このプログラムにも生きてくるといいなと思っています。

「15歳」は大きな意味を持つ年齢では?

15歳はちょうど自我ができてくる時期と重なっています。
模擬国連は、そこにあるべき姿を“憑依”させる活動です。授業中はクラスメイトを本名ではなく、「○○大使」と呼びます。より良い世界を作るという問題意識を持ち国連総会に出て話をするということは、未来に向かって責任ある立場で自分を表すことになりますので、3年生にはとても難しいことです。でも、それをやらざるを得なくなる中で、責任を持った言説とは何か、未来を見通すとは何か、自分たちの命の意味とは何か、というのがわかってくると思うのです。それが自我作りの時期と重なっているということがとても大きくて、入学時には思ってもいなかったような姿に変身するだろうと思います。模擬国連部の部員にも同じようなことを感じていました。進学実績で語るのは本意ではありませんが、国立の合格実績が増えてきたことや。東京大学の推薦での合格という形になっています。
ここ数年、進路を絞りたくないから推薦は使わないという生徒や医学部進学者が増えました。「“まず”医者になります。その後は、医者をやりながらいろいろ見て、それから考えます。何年かしたら、また話をさせてください」と言うんです。マクロの視野で人を救うことを考えると手に負えないところがたくさん見えてくる、ならばミクロで人の命を救う医者に“まず”なろうと考えるようです。

生徒たちの関心は、どのような課題に向かっていますか。

6月には、担当国が抱える問題点を調べ世界全体で解決したい課題を一つ設定し、議題案をプレゼンするための資料を作成します。学期末には資料をもとに自国以外への投票で1位と2位を決定し、それを年度末の会議の議題案とします。70ヵ国から70議題出てくるといいなと思います。議題に投票する観点は、「我々が国連総会で話し合うべき課題として相応しいかどうか」です。うちの国はこんなことで困っている。でも自国には投票できないから、悩みが共通する国の議題に投票するという、大使の立場として行動できるかどうかを生徒に求めます。
そのための伏線がSDGsです。この議題はゴール○に向かっている、我々はゴール○に向かっているから、それは同じ方向じゃないかと気づけるかどうか。それが具体、抽象ということです。
1学期の授業は、その国の大使になりきるための作業です。2学期は交渉などを練習して、模擬国連に慣れるということを学びます。そして3学期に総まとめの会議を英語と日本語で行います。模擬国連部の生徒たちにはこの会議での議長や、議題解説書を準備してもらおうと思っています。
1学期をどうやって締めくくるか思案中ですが、プレゼンでクラス内予選を行い14チームによる決勝戦を開催したいと考えています。その間、廊下に70枚の議題を張り出すのもいいですね。自国が困っているというプレゼン資料ではなく、69ヵ国の大使たちに共感をどこまで広げられるかが大切です。模擬国連部の生徒にもよく言っているのですが、「主語が“I”になっていないかどうかが大切。主語が“WE”になっていないと世界は動かないよ」と。それに近い状況は「15歳のグローバルチャレンジ」でも出てくると思います。世界全体が困っている、しかも世界全体がこの問題なら取り組める準備ができている課題は何なのかに、生徒たちが気づくことを期待したいです...

生徒をどう導くのでしょうか。

一つはSDGsにあるような、今世界が取り組んでいることは何かを考えることです。これは国連決議の構造と同じなのですが、今世界が行なっていること、今世界がどういう状態にあるかということ、そして我々が行う会議にはどういう意味があるのか、この3点が揃えば見えてくるんです。国連決議は2学期の教材です。思いつきでは人を動かせないということがメタメッセージとして出てきます。
1年間の最後の授業は、それであなたの国はどう変わるか、1年間付き合ってきたあなたの国にどう影響するかを落とし込んでもらって、その先につなげていこうと考えています。自分ごとにしなければ全て言葉のゲームで終わってしまいますから。このプログラムは抽象度が高く、世界のことなのだけれども、「愛着」というのが鍵になると思っています。初めの授業で日本の中3であることを捨てて欲しいと言いました。「○○大使」としての言葉に期待したいですね。
当初、70ヵ国にミャンマーは入れていませんでしたが、取り上げました。また授業の導入は今週気になったニュースを2分間話しています。それでも世界のニュースを自分から取りに行く生徒は少ないように思います。ですが、先だってワクチンの特許権の話をした時、先進国と途上国の反応が違いました。様々な課題は、まず知ることが大切です。例えば、ジェンダー、貧困のデータをユニセフのサイトで調べると、DVで夫に殴られた自分が悪いと思う割合の国別データが出てきます。隣の席を見たら、自国とは違う国のことがわかる。70ヵ国の事情はかなり異なることに生徒たちはすでに気づき始めていて、GDPを調べた時には、「なんだ、これ!」と騒ぎになりました。教室の中でそういう風を起こしたいのです。また資料を見るときには、いろいろな科目が関連してきます。学園全体の意識を統一しながらやってきたいと思っています。

授業の様子は学園サイトで

授業ごとにその様子を3年生の担任でもある山本英門先生が桐蔭学園の公式ウェブサイトにレポートしています。
山本先生は、「15歳のグローバルチャレンジ」について、「現代は情報があふれているように見えて、実は好きなニュースしか見ない、好きなもの、同じ意見しか寄ってきていないと思います。だからこそ、こういう場、異なる意見を持つ人と接することが重要性を増してくると思います。今後、授業にSDGsという指標ができて、生徒は自分の行動の意味付けができ、世界の目標に合致することがわかれば自信を持てるでしょう。そこにも、この授業の大きな意味があると思います」と語ります。担任するクラスの生徒は担当国に愛着が湧いてきていると頬を緩ませながら、「授業での発表が、国の大使になりきって、視座を外に持てているかを確認するのが肝になりますね」と橋本先生と確認し合う視線の先には、学年末の会議が見えてきたようです。
国益を守りながらより良い世界の実現を考える過程で、これまでとは異なる視点で考える柔軟性、分析力、思考力、交渉力、英語力が磨かれていく授業、まさに「15歳のグローバルチャレンジ」です。
インタビュー後も順調にプログラムが進み、6月20日現在、7回目までの様子が掲載されていますので、ぜひご覧ください。

桐蔭学園公式ウェブサイト 15歳のグローバルチャレンジ