コラム

生徒募集に苦しんでいた学校がわずか1年でV字回復。なにが受験生の心を掴んだのか

中曽根陽子の未来を見据える学校ウォッチ
武蔵野大学中学校高等学校

2020年の武蔵野大学中の総受験者数は帰国生を含めて937名。入学者数は177名。わずか3年前までは入学者が62名と落ち込み、経営の危機に瀕していたとは思えない状況だ。2019年に共学化したが理由はそれだけではないようだ。では何が保護者や生徒の心を掴んだのか。そして今の学内の状況は? キーマンの日野田直彦校長先生に話を伺った。出てきたキーワードはマインド・セット。果たしてそれはどういうことか...

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経営危機から、学校説明会に1年間で12000人が訪れる学校に...

この学校は、仏教系の武蔵野大学の併設の女子校として長い歴史があります。筆者は数年前に訪れたことがあり、地味だけれど落ち着いた、雰囲気のよい女子校という印象でした。大学には薬学部もあり、それなりにポテンシャルもある。しかし、女子校離れのご多分にもれず、ここ数年は経営的に苦しい状況が続いていたのです。
しかし、2年前に共学化に踏み切り、わずか1年で受験者数がV字回復。説明会に毎月1500人単位で集まっているという話を耳にして驚きました。共学化は確かに切り札になりうるけれど、それだけでこんなに人が集まるものでしょうか。しかし、日野田直彦氏が校長に就任したと聞いて、半分納得しました。なぜなら、大阪で地域の4番手校だった府立箕面高校に公募校長として着任してわずか3年で、海外の有名大学へ累計55人の合格者を出したことで有名な人だから、その手腕に期待する保護者が説明会に集まったのかもしれない。しかし、なにも結果が出ていないのに、なぜ入学者も集まっているのか。その辺りを聞いてみました。

生徒が自分からどんどん勉強し始めるようになった

「正直まだ偏差値は高くはないですが、やる気のある子がたくさんいるので、これからが楽しみです」と言う日野田校長先生。一つの例として、半年前から導入した数学の自学自習システムの事例を紹介してくれました。
共学化して初めての中学1年生は、数学の授業に週2時間、タブレット型AI教材「atama+(アタマプラス)」を導入しました。当初は小学校範囲までさかのぼって自分の苦手範囲を学習している生徒ばかりでしたが、わずか半年で、半分の生徒が中1の内容を理解し、さらに1割の生徒が中学2年分の範囲をほぼ終わらせてしまったと言うから驚きです。
「早く進むことを目的にはしていないのですが、生徒たちが勝手に自立してやりだしました。特にある男子生徒は、負けん気から、分からないところを30数回繰り返し挑戦し、そのうち、自分で参考書を買って自学自習しているうちに理解しちゃったらしいのです。そうなるとおもしろくてどんどん先に進みたくなる。このままいくと、中2で高校1年生の学習内容を終わらせてしまう生徒が2、3名出てしまうので、正直これからどうしようかと悩んでいます」と苦笑する先生。
入学当初は、自分はできないと思い込んで、自尊心が低く表情も暗い子ども達だったそうですが、今は全く表情が違うそうです。

同じことは、他学年の生徒にも起こっていて、ボストンMITアントレプレナーシップ研修や国内サマーキャンプに参加した高校生たちがインスパイアされて、自ら「キャリア甲子園」などにチャレンジするようになったり、先生の授業は聞いてばかりではおもしろくないから自ら模擬授業をやりたいと言いだしたり、授業が大きく変わった訳ではなく補習補講も全面廃止したのに、ベネッセの総合学力テストの成績も大きく伸びたり、確実に変化が起き始めているようです。
日野田校長が着任してわずか2年で起きたこうした変化。いったい、何をしたのでしょうか?

全員が主人公になって学校を良くしていきたい

トップダウンは嫌い。ボトムアップで、できるところから少しずつ変えていくのが日野田流。そのためにまず、先生の本音や思いを話してもらう場を作ったそうです。そして、教職員全員で話し合われたのが、学校はなぜ存在しているのかということ。学校としての目的を再度考え直す原点回帰から始めました。教員が一丸となってチャレンジをするというマインドセットが最初の1歩でした。
じわじわと学校が変わっていく中で、生徒がキラキラし始める。その様子が先生のハートを動かし、生徒に任せる部分を増やし始める。実際、生徒指導に厳しかったある先生は、「これまで、しがらみのなかで『こうあるべき』が大事だと思い込んでいた」と言うようになり、生徒の自主性を重んじるようになっていったそうです。先生から信頼されるようになると、生徒のモチベーションが上がり自立していく。そんないい循環が起きているのでしょう。

失敗すること大歓迎! マインドセットが変わったら、先生も生徒もチャレンジしだした

「まず目的と手段をしっかりと整理し、私たち教員自身が新たな教育に“チャレンジ”していくことを説明会などで受験生や保護者に訴えかけてきました」と言うのは入試広報部長の小幡武憲先生。
さらにこの2年間を、「これからの時代は正直何が正解で何が誤っているのかが分からない時代です。そうした時代でも生き抜けるよう、まず、われわれと一緒に様々なことにチャレンジをしてたくさん失敗をする姿勢を、受験生だけでなく在校生にも常に発信してきました。とかく失敗はマイナスなものと受け取られてしまいますが、本校では失敗こそ大きなチャンスとしてとらえ、トライ&エラーを繰り返して成長していくことに価値を見出しています。こうした考え方に賛同してくれた方々が徐々に増えてきてくれた2年間であったかと思われます」と振り返ります。
これまでの日本の教育では、目先の点数を取るために勉強をして、結果偏差値の高い大学に行くことが良いことだという価値観が信じられてきました。しかし、実際はとうの昔にその図式は壊れています。それにも関わらず、保護者も学校もまだ既存の価値観から抜け出せず、多くの学校で点数をあげるための教育が行われています。その結果、社会に放り出されたとたん、動けなくなる子が多い。それが今の日本社会の課題でもあると、私も感じています。

「子どもたちに身につけなくてはならないのは、社会に出た後、30〜40年を生きる力だ」という日野田先生は、「発想をひっくり返して、自分自身がどう生きたいのか、何のために勉強するのか? と問いかけることが大切だ。その結果モチベーションがあがって、行きたい大学が見つかったら行けばいい。正直私は、どこの大学に行くかはどうでもいいんです。結局は、自分次第。自分が貢献できることをするという意識があれば成功すると思います」ときっぱり。しかし、これまで何をしたいのかと聞かれてこなかった子ども達は、そう聞かれても正直分からないのでは…と問いかけると、「そんな生徒達には、自分もそうだった。でも、自分しかできないことがあるはずだから、それを探したらどうかと問い続けました。点数あげるために勉強するのは、お小遣いあげるから勉強して! というのと同じで享楽的だ。私は、生徒も先生も、ワクワク、イキイキしてもらいたいから、一貫して“Who are you? ”あなたは何をしたいのかと問いかけてきました」と日野田校長。その思いが伝染して、生徒はもちろん先生のモチベーションにも火がつき、チャレンジをするようになっていったのです。

マインドセット+スキルを両輪として身につける

このように、物事に取り組む基本姿勢=マインドセットを変えるのと同時に着手したのがスキルの部分。Small start big scale が信条だという日野田校長は、着任後手始めに、高1の英語にオリジナルの『TOEFL対策講座』をスタートさせました。この講座は長野県軽井沢町に日本初の全寮制インターナショナルスクールとして誕生した「UWC ISAK Japan」の立ち上げメンバーが「カリキュラム・ディレクター」を務めるKatsuiku Academyと共同で開発したもの。『TOEFL対策講座』とはいうものの、英語を取得するだけが目的ではなく、ブレインストーミングやマインドマップなどの手法を取り入れたPBL型のプログラムで、4技能を切り口に世界で通用する本物のスキルを身につけていきます。現在は、中学の英語にもこの手法を取り入れています。実際に見学した授業では、複数の先生が見守るなか、用意された箱や色紙モールなどの材料を使ってチームで理想の靴のプロトタイプを作るというもの。どう進めるかはそれぞれのグループに任されていて、デザイン思考の手法を取り入れているプログラムでした。授業を行なっていた先生は「単に英語を学ぶのではなく、生徒が英語を使って自分で思考できる力をつけていきたい」と話してくださいました。来年からは、すべてを学内の教員が担当するようになるそうです。最初は積極的に外部のスペシャリストたちの力を借りながら、これまでの日本の学校では行われてこなかった最先端のPBL型学習を取り入れ、学内の教員も同時に学びながら自走できるように...

経産省「未来の教室」実証事業のモデル校に指定

また「未来の教室」実証事業の一環として、前述の「atama+」での学習と並行して、英語のPBLの時間に(1)MaaS*と(2)ゲームをテーマにしたPBL学習も行ないました。 (1)MaaSは、自動運転化技術をテーマに、統計学手法も取り入れて、そのメリットと社会課題を整理し、新しいサービスを使った社会問題の解決策を考えたり、その裏側にある問題点を議論したりする授業。(2)ゲームは、IT教育プログラムを開発するライフイズテックと共に、ゲームというエンタメの裏側にある世界を知り、最後はプログラミングやデザインのスキルを使って、身近な課題を解決するゲームを作ることにチャレンジする授業です。生徒達は、思考のスキルを習得しながら、すべての学問が、未来を創造することにつながっていくことを体感していきます。来年度は、新たに海外の大学で行われているプログラムをアレンジしたものを導入する予定だとか。このような教科の枠を超えた学びを積極的に導入しているのが、この学校の特徴です。

安心して失敗できる環境があるから、チャレンジできる

昨年夏は、高校生がアメリカのMITなどを訪れるアントレプレナーシップ海外研修や国内で行われたサマーキャンプに参加しました。サマーキャンプは、前述の英語プログラムを共同開発したKatsuiku Academyが主催するもの。日野田校長もアドバイザーとして参画しています。そこで大いに触発された生徒達が、「先生たちの授業はおもしろくない。自分たちで学校説明会を開く」と言い出したので、「やってみたら」と任せたそうですが、結果、体験授業は大失敗。後から生徒が、「先生たちの授業に文句を言っていたけれど、やってみたらいかに授業を作るのが大変か分かった」と、先生をリスペクトするようになったそうです。「文句を言うのは誰でもできるけれど、失敗を振り返り学んでくれたことが嬉しい」と日野田先生。こうして失敗もできるのも、生徒と先生、生徒同士が何を言ってもリスペクトされる安心安全の場ができているからでしょう。
今回の取材を通して、短期でのV 字回復に、日野田先生のリーダーシップとネットワークが果たした役割は大きいけれど、先生・生徒が一丸となって新しい教育にチャレンジしていることが、2年続いてこの結果を導いたのだと感じました。変化が求められている学校教育の一つのプロトタイプとして、このチャレンジどこまで本物になっていくのか、期待したいと思います。

MaaS* Mobility as a Serviceの頭文字を取ったもの。バス、電車、タクシーからライドシェア、シェアサイクルといったあらゆる公共交通機関を、ITを用いてシームレスに結びつけ、人々が効率よく、かつ便利に使えるようにするシステムのこと

●中曽根陽子/教育ジャーナリスト、マザークエスト代表

教育機関の取材やインタビュー経験が豊富で、紙媒体からWEB連載まで幅広く執筆。子育て中の女性に寄り添う視点に定評があり、テレビやラジオなどでもコメントを求められることも多い。海外の教育視察も行い、偏差値主義の教育からクリエイティブな力を育てる探求型の学びへのシフトを提唱し、講演活動も精力的に行っている。また、人材育成のプロジェクトである子育てをハッピーにしたいと、母親のための発見と成長の場「マザークエスト」を立ち上げて活動中。『一歩先いく中学受験 成功したいなら「失敗力」を育てなさい』(晶文社)、『後悔しない中学受験』(晶文社出版)、『子どもがバケる学校を探せ! 中学校選びの新基準』(ダイヤモンド社)など著書多数。ビジネスジャーナルで「中曽根陽子の教育最前線」を連載中。
オフィシャルサイト  http://www.waiwainet.com/
マザークエスト  https://www.motherquest.net/