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コラム

希望の私学【八雲学園中学校・高等学校】(1/2)

徹底した感性教育が八雲生の世界を
広げ深める大きな力になっている

今から19年前に、中学校を再開して以来、八雲学園の理事長・校長近藤彰郎先生は、時代の要請に対応する先進的教育を大胆に進めてきました。

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はじめに

今から19年前に、中学校を再開して以来、八雲学園の理事長・校長近藤彰郎先生は、時代の要請に対応する先進的教育を大胆に進めてきました。

2011年8月のニューヨーク・タイムズ紙で米デューク大学の研究者キャシー・デビッドソン氏は、世界を震撼させる発表をしました。「米国で2011年度に入学した小学生の65%は、大学卒業時、今は存在していない職に就くだろう」というのです。先進諸国の産業構造は大部分は共通していますから、米国だけの問題ではありません。

特に日本は、2020年東京オリンピック・パラリンピックに向けて、劇的に変化を遂げるといわれています。しかし、近藤校長は、動じることなく、すでに時代の変化を見据え、今日の激動の社会に生まれた子どもたちに必要な教育は何か、先生と生徒と一緒に考え、実践してきたのです。

八雲学園の先進的4つの教育は、「英語教育」「芸術鑑賞」「チューター方式」「進路指導」ですが、今ではその絶大なる有効性は、教育ジャーナリストや学習塾からも認められています。グローバルな時代を読み切った英語とリベラルアーツ、コミュニケーション、グローバルキャリア教育など<いま、ここ>で必要な教育が積み上げられてきたのです。

しかし、近藤校長は、「この4つの柱がバラバラではまだ十分とはいえない。というのは、教育は総合力でなければ、生徒1人ひとり自分の世界を広げ深めていけない。世界観は知識をただつなぎ合わせるだけでは創れない。人と人を結びつける世界観を生み出すには、論理だけはなく豊かな感性が最終的に必要。感性教育という時代を貫く普遍的な教育に到達しない限り本物教育とは言えないのです」と語ります。

まさに、「大胆に変わるべきもの」と「一貫して変えないもの」の両立は、私学の不易流行の精神そのものです。

そんな折、あのホーキング博士とオックスフォード大学の哲学の教授ニック・ボストロム氏は、コンピュータ、特にAI(人工知能)の目覚ましい進化が、従来の人間の仕事を代替してしまうと警鐘をならしました。

ロンドン大学の大学入学準備教育に進むためのテキストでも、このAIの進化は、SF映画の話で終わらずに、現実のものになるや否や議論せよと大真面目に論じられているほどです。

そして、その結論は、実際にAIロボットにほとんどの仕事が代替されるが、人間と人間の関係構築やクリエイティブインテリジェンスのように、ロジックと感性の両方が必要な仕事が人間の手に残るのであるというのです。

つまり、近藤校長は、ホーキング博士やニック・ボストロム氏の警鐘を待たずして、すでにそれを見通していて、警鐘を鳴らすだけで終わるのではなく、感性教育を積み上げて実践にまで到っているのです。

そして、その象徴的な行事が、5月末に行われるエール大学のコーラスチームとのパワフルで優雅な音楽国際交流です。エール大学のコーラスチーム"Whim'n Rhythm"は、ボストンツアーや世界ツアーの演奏旅行で、世界のパースペクティブを受容し、世界精神の創出のためのボランティア活動を行っています。

この5月という時期はチームのうちエール大学を卒業したメンバーによる2か月の卒業演奏世界ツアー。ツアーは、東京の八雲学園との交流から始まります。この交流では、芸術、英語、コミュニケーションの学びが満載です。何より、八雲生が将来のロールモデルとしてエール大学の学生の人間像そのものを学びます。同校の4つの特色が一体となり、感性教育のプログラムになっているのです。

感性教育の土台はアウトプット教育の徹底

従来の日本の教育は知識のインプットが中心でしたが、現在改訂作業が始まった大学入試改革一体型の学習指導要領は考えたことや感じたことをアウトプットすることを中心にしようという流れになっています。

これはいわゆる教育現場のパラダイムシフトといえるほどの大転換を意味しています。しかし、はやくも日本全体の教育現場では、そんなことができるのかと反論や不安が生まれています。

ところが、希望の私学である八雲学園では、すでにアウトプット教育を徹底しています。同校の教育の構成は、授業と行事と部活が有機的に結びついていて、すべてにアウトプットの機会が盛り込まれています。

しかも、一部の生徒が活躍するのではなく、すべての生徒がかかわって活動するというのは、他校の真似のできないところです。八雲学園は、ある一定の高い水準にまで、すべての八雲生を導きます。そしてさらに自分の才能を伸ばしたい生徒には、その環境をそのつど創って積み上げていきます。

授業では、基礎知識の定着と知識同士をつなぐロジカルシンキングを養います。授業が終わり、放課後になると、八雲生は行事の準備と部活動に飛び回ります。ここでは、コミュニケーション、チームワーク、リーダーシップ、才能を生かす技術の練磨などが行われ、感性教育が実施されています。いわば、授業と放課後という論理と感性の二重らせん構造ができあがっているといえます。

一般に、行事や部活、生徒会活動は、一部の生徒に限られた活動になりがちですが、八雲学園では教師も生徒も一丸となって取り組みます。その理由は、行事の種類が破格に多いために、学校総がかりの運営力が必要になるからです。

毎月のように芸術鑑賞が行われる中、毎月のように行事があります。たとえば、エール大学との国際音楽交流、サンタバーバラ研修旅行、体育祭、説明会のときのイングリッシュパフォーマンス、イングリッシュファンフェア、文化祭、レシテーション・スピーチコンテスト、英語祭、百人一首大会、3カ月留学・・・と枚挙にいとまがないほどです。

その行事1つひとつに運営実行委員会の組織が100人単位で作られます。しかも、それぞれの行事の準備は、調べたりフィールドワークやインタビューにでかけたり、練習したりと半年はかかります。

もうおわかりだと思いますが、授業は当然全員が受けますが、放課後の活動も、すべての行事の準備が同時進行で動いていますから、それぞれの運営実行委員会が活動していて、一部の生徒に偏ることはないのです。全員がなんらかの運営実行委員になって、リーダーシップを発揮します。

また、ある行事で、運営実行委員を果たしていた生徒は、同時進行で行われている別の行事の準備ではフォロワーシップを発揮する側に回ります。このように、それぞれの才能と役割を八雲生全員が1人ひとり創意工夫して、協力して行っていきます。すなわち、八雲学園は昼夜休むことなく、豊かなコミュニケーションが充満し、アウトプット教育が学内中にあふれているのです。

八雲学園におけるアウトプットというのは、映画やドラマ、劇場などで行われるパフォーマンスさながらです。あらゆる素材や情報を編集・デザインをしてプレゼンテーションやパフォーマンスをします。ダンスや演奏やコーラス、美術、デザイン、スポーツ、プレゼンテーション、イングリッシュパフォーマンス、ミュージカルと豊かな芸術表現にまで到達するのです。

もちろん、大事なことは、一方的にアウトプットするだけではなく、参加者と共鳴共感、感動という一体感が生まれる繊細かつ迫力ある豊かな感性の教育であるということです。八雲学園が大切にしているもう一つの精神、ウェルカムの精神は、この相互にアウトプットが満ち溢れている環境だから生まれてくるといえましょう。

ダンス 身体能力=身体知

体育の授業で、ダンスを行います。身体能力の基礎を学ぶわけです。そして、身体能力は強さとスピードを競うだけではありません。しなやかさ、天と地の両方に向かうのびやかな姿勢、観客を自分たちの世界に導くいわば身体知の表現を学ぶのが体育の授業です。

その身体能力で、優れた才能を持った生徒は、ダンスやバスケットなの部活で活躍し、他流試合で優秀な成績を収めます。

しかし、八雲学園は、すべての生徒が基礎から応用へ挑戦しなければなりません。それが体育祭などで、演技としてアウトプットされることになります。

体育祭での学年ごとのダンスパフォーマンスは、学年のチームワークを形成すると同時に、いわば高3生の卒業式にあたる最後のダンスパフォーマンスの優雅で強烈な世界観を身体で表現する傑作に魅了される時でもあります。そして高3生のようになりたい、いや乗り越えたいという高い目標を抱くのです。

水平意識としての仲間意識がどれほど強くなり、垂直意識としての八雲マインドをいかに豊かにシェアする行事であるか、想像に難くないでしょう。体育祭が終了しても、代々木体育館では、みんなで肩を組んで写真をとり、別れを惜しみます。次の日またすぐに会えるのにもかかわらず、一期一会をしっかりかみしめるのです。

このように、ダンスという学び1つとっても、「授業―行事―部活」という有機的なシステムが出来上がっています。さらに、このダンスで培った身体知は、スピーチコンテストや英語劇にも応用されます。表情と姿勢のしなやかさ、見守る瞳は、観客と自分たちの創造した世界をシェアすることにつながります。

そして、この世界をシェアして養われた身体知こそ、グローバルな舞台で、文化も考え方も感じ方も違う世界の人々と、互いを尊重し合い、理解し合い、いっしょに新たなものを創っていける土台となるのです。

ミュージック 感覚知

声楽や様ざまな楽器の演奏も、音楽の授業で行います。音楽の歴史や音階などの音楽理論の基礎を学ぶのですが、やはりそれは体育祭や文化祭、英語祭などのパフォーマンスで応用されます。

八雲学園における声楽部や吹奏楽部の活躍は説明するまでもありません。音楽は、視覚だけではなく、聴覚や皮膚感覚などを伝わって、アウトプットしたい世界を、参加者とシェアします。共鳴共感が生まれる時、多様な感覚が一つの感覚知として統合されます。感覚知という意識化された感覚能力は感動を必ず生み出します。

八雲学園の音楽や芸術が感動を生むのは、実は偶然ではないのです。米国の多くの芸術作品がなぜ成功を収め、市場で評価されるのでしょうか。米国文化を知り尽くした近藤校長は、教育によってつくられた感覚能力は感覚知として感動を生む仕掛けをプロデュースできることを知っている数少ない校長です。

ともあれ、心温まるハートの贈り物こそ、プレゼンテーションの極みです。声楽は身体全体を楽器にします。楽器は、身体と一体となってはじめて音を発します。

ゴールドメダリストであるアスリートたちも、音楽を大切にしています。自分の世界を創り出す泉であり、ときには心を支える添え木にもなります。

かくして、感性教育は、繊細かつ豪胆な感覚知と精神のスタミナを鍛えるときに重要な働きをするのです。