コラム

工学院の思考コード 思考の森の地図を描くコンパス(2/2)

首都圏模試センターリサーチフェロー
本間勇人(私立学校研究家)

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工学院の思考コード 思考の森の地図を描くコンパス(1/2)

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授業で「思考コード」を生徒と共有する

思考の地図」を描くコンパス「思考コード」は、工学院の英語教育方法論CLILと親和性が高い。CLILは、Content and Language Integrated Learningの頭文字で構成された呼び名で、クリルと呼ばれている。イギリスをはじめ、ヨーロッパで広がっている方法論。

これは、理科や社会などの教科学習と英語の語学学習を統合したアプローチで、2020年大学入試改革に伴って、英語の4技能を高めることが学習指導要領に盛り込まれるが、この4技能を高める方法論として、効果的なものであるとされている。

英語科の主任田中先生は、一般財団法人日本私学教育研究所が主催している外国語教育改革部会の研修の特別委員でもあり、ブリティッシュ・カウンシル、上智大学 国際言語情報研究所などのリサーチの成果であるCLILを学び、工学院英語科でシェアしている。

CLILは教科横断的な学びもできる思考力を英語で鍛える優れた英語教育方法であるが、特にこのCには4つの意味が埋め込まれている。その「4つのC」とは、Content(科目やトピック)、Communication(言語知識や読む、書く、聞く、話すといった4技能スキル)、Cognition(高次思考まで含む思考力)、CommunityないしCulture(共同学習、異文化理解、地球市民意識)。

田中先生によると、まず、Cognitionという高次思考まで含んだ思考力という要素が、工学院の「思考コード」と共通するということだ。図を見ればわかるように、CLILでいう高次思考とは、論理的思考、批判的思考、創造的思考のことを指すからであり、工学院の「思考コード」の縦軸に相当するのだ。

また、Cゾーンは、まさにCommunityないしCultureに相当し、ContentとCommunicationは横軸に相当する。

したがって、田中先生の中3の英語は、CLILの手法によって行われているが、英語で思考の地図を描くときに、工学院の「思考コード」というコンパスを活用している。

たとえば、「学校の校則」という内容を活用して、ルールを表現する助動詞を活用するCLIL授業では、助動詞の活用方法をAゾーンで学ぶ。しかし、同時に「ルール」とは集団に対しどのような効果を生み出すか、批判的思考も働かせる。つまり、生徒は、Bゾーンにも駆け上る。

そこまで考えたら、もしも君たちが理想的な学校をつくるとしたら、校則はどうするか、もちろん英語で創って、プレゼンしなさいという問いを投げかける。1時間の授業で、さらに、Cゾーンまで駆け上る。

英語のスキルとしては、文法を4技能で学び、批判的思考やデザイン思考(創造的思考)として、BゾーンやCゾーンまで英語で学ぶ。

田中先生は「どんな思考の地図を生徒が描くのか、授業では問いがカギです。CLILでは、思考コードのAからCゾ-ンすべてを駆け巡ります。校則をただつくってごらんといきなり問いを投げかけても、中3の生徒にとっては、まだまだ難しいので、C3までコマメに問いを設定します。問いを手掛かりに生徒は自分で思考地図を描いていきます。

コンパスである「思考コード」は教室に貼ってあるので、思考の領域やゾーンを意識する生徒も出てきます。そいう生徒は、問いを自ら領域やゾーンで生み出します。そうでない生徒は、まだ問いを投げかけることは必要です。思考コードの領域やゾーンを越境するには、最初は、最近接発達領域といって、飛び越えられる足場をサポートする必要があるのです。

自転車が乗れるようになるのに補助輪を最初付けているのと同じような感覚ですね。」

工学院の「思考コード」は、生徒が思考を広め、深めていくための問いをデザインする際の教師のコンパスにもなると同時に、生徒がやがて自立して、思考を拡張し深化させていけるようになるためのコンパスでもある。

思考の地図を広げ深めていく「思考スキル」

カリキュラムの中で活用されている「思考コード」は、実は中学入試の「思考力入試」でも活用されている。入試問題は学校の顔と言われてきた。今ではアドミッションポリシーとして、学校のカリキュラムの理念やシステムがいかなるものか、そのエッセンスが入試問題でメッセージとして発信され、入学する前から互いに教育の方針を共有するというのが、私立中学入試の精神である。

太田先生は、日ごろの自分の高2の生物の授業では、学ぶべき対象、たとえば神経系とか内分泌系とかを扱う場合、いきなり神経系とは何か?内分泌系とは何か?を問うことはない。まずは、生徒にテキストや資料集などに書いてあることを調べるということから始める。

最初は個人でマインドマップよろしく書き出す。それからチームで、互いに補完し合う。そして、今度はチームで、その書き出した言葉を分類する思考作業に進む。

このとき、太田先生は、生徒の分類法を見て回りながら、何を基準に分類しているのかを問い返す場合がある。生徒がなんとなく分類していると察知するやリアリスティックなリフレクションを仕掛ける。田中先生同様、最近接発達領域を大切にしている。

この段階で、生徒は神経系と内分泌系の違いが理解でき、関連する用語がどのように整理されているのかもわかる。思考コードのAゾーンは、中学の時と違って、自分で領域を広めていくことができる。

(工学院では、「思考コード」は、授業に限らず、行事や部活、研修旅行などあらゆる学びの活動に活用される「思考のコンパス」としてシェアされている。)

しかし、高次思考へと上がっていくのは、なかなか難しい。理科の場合、教科書や資料集以上のものを学ぶ必然性が見当たらない。ところが、太田先生は、生物のテーマの一つは「進化」という法則だから、神経系や内分泌系が新しい生物やロボット、AIの場合どう進化していくのかという分析を行うステージに進めるのである。

どのような環境の変化に対しても適応していく、新しい生命やサイボーグとはいかなるものかというのは、ゾーンを超えるスリリングで、魅力的な学びである。

実は、この「みつける→あつめる→分析する→まとめる→つたえる」というのは思考の地図をデザインしながら実際に冒険した足跡である。つまり、ストーリーだ。実は、太田先生をはじめ工学院の先生方はこの思考の地図をデザインするときに生まれる冒険のストーリーを大切にしている。そして、学ぶべき内容が違っても、「みつける→あつめる→分析する→まとめる→つたえる」というストーリーを編集する「思考スキル」は共有されている。

したがって、思考力入試も、受験生が解決すべき問題の内容や素材は違っても、ストーリーを編集するスキルは同じものを使う。

工学院の思考力というのは、Aゾーンという知識の学び、Bゾーンである批判的思考の学び、Cゾーンであるデザイン思考の学びが相互に関連して、広がり深まっていく。だから、知識を記憶するという思考作業を無視するのではない。ただ、記憶の仕方がまるで違うのだ。闇雲に覚えるのではなく、使いながら、批判的に検討しながら、新しい領域で、どのように変換可能か考えながら記憶していけるのである。いわば、記憶も含めた多次元の思考力の育成である。

AIの進化は、人間の予想をはるかに超えた環境変化をもたらすと言われて久しい。明るい未来がやってくるのか、壊滅的未来が待ち伏せしているのか、予測はできない。しかし、いまここで明るい未来を創るべく広く深く思考することはできる。

太田先生は「敷かれた道を歩いていくのか、新しい道を創っていくのか。生徒には、自ら道を創る挑戦者になってほしい。そのためには、自分で未知の地図を創ってほしいのです。そのために“思考コード”というコンパスと“思考スキル”としてのストーリー編集術を開発し続けたいと思っています」と語る。